鳥の囀りで、俺は目を覚ます。昨晩は横になってすぐ、俺の意識は微睡みの中へ消え去った。久々に布団がある環境で眠ることが出来たので、熟睡出来たのだろう。俺は身支度を済ませ、朝食を作りに来るというクゥニを待つことにした。

 しかし、いくら待っても、クゥニが現れる気配がない。

 ……少し、探しに行くか。

 吸血鬼は絶滅すればいいと思うが、彼女の作る料理は、嫌いではなかった。扉を開け、俺は城に向かって歩き出す。通りを三つほど過ぎた辺りで、俺は人だかりが出来ているのに気がついた。傍に寄ってみると、誰かが殴り飛ばされている。吹き飛んだのは、クゥニだった。

「何をやってるんだ、お前らっ!」

 俺はそう叫ぶと、すぐに人の山をかき分ける。俺はもちろん、クゥニの心配はしていない。クゥニに怒りを買った人間が、殺されないのか心配しているのだ。

「こんな事して、あんたら吸血鬼に殺されたいのかっ!」

 しかし、俺の心配とは対象的に、俺とクゥニを囲んでいた人間たちの反応は、冷ややかだ。

「はぁ? 何いってんだ、こいつ」

「ああ、昨日やってきたっていう子よ」

「なら、知らないんだな。そいつはナスリィ様が俺たちによこしてくれた、奴隷だよ」

「はぁ?」

 言われた言葉の意味が、わからない。奴隷? 人間が、ではなく? 吸血鬼のクゥニが?

 混乱する俺を置き去りに、集まった子供が何かをクゥニへ投げつける。それは、生卵だった。それがぶつかり、粘つく卵白が、彼女の顔を汚す。

「やった! あたったっ!」

「上手いぞ、ボウズ」

 子供を周りの大人が褒めるが、その子がわざわざ生卵を持って来たとは考えにくい。つまり、あの生卵は俺の朝食になるはずだったもので、それをクゥニは奪われ、けれども人間に何もしなかったことになる。

 俺はますます混乱するが、代わりに周りの大人が、俺の疑問に答えてくれた。

「俺たちの精神衛生を考えて、ナスリィ様がそいつをよこしてくれたのよっ! 血を流さない程度に、日頃の鬱憤を発散していいってなっ!」

「そいつ、混血鬼なのさ! 吸血鬼の恨みを、私たちはこいつで晴らすんだよっ!」

 その言葉で、俺はクゥニに対して感じていた疑問が解消した。

 混血鬼。吸血鬼と人間の間の子。混ざりものだ。吸血鬼のように美しい外見だが、持ち得る『御業』も大したものはなく、人間の血を飲んでも、そこから得られる力はあまり変わらないと聞いたことがある。

 では混血鬼の血は吸血鬼にとって美味いのかと言えば、不味いらしい。それも、とてつもなく。また、混血鬼の血を飲んでも、吸血鬼は『御業』を得ることが出来ない。

 吸血鬼よりも弱いため、戦力にはならず、人間のように吸血鬼を血で楽しませることも、力を強化することもできない。

 つまり、吸血鬼にとって、混血鬼は役立たずなのだ。

 だからクゥニは、他の吸血鬼と同じく『居住区』で生活するのではなく、『牧場』の世話を押し付けられているのだ。一方『牧場』で暮らそうにも、吸血鬼の所有物である人間に手を上げることも出来ない。それはナスリィの所有物を傷つけることに、等しいからだ。もちろん、そうなるようにナスリィも仕向けているだからクゥニは、人間相手でもされるがままになるしかない。

 ……だからナスリィは昨日、俺が部屋を出る時あんなことを言ったのか。

 そこまで理解して、俺は呆然と、俺たちを取り囲む、俺と同じ人間を眺める。吸血鬼からのお墨付きをもらい、クゥニに罵詈雑言をぶつける人間たちを眺める。彼らの顔は、実に楽しそうだった。

 ……こいつらは、人間を虐げる吸血鬼と、何が違うんだ?

 人間を家畜として扱う吸血鬼と、抵抗できないクゥニを迫害することで、自尊心を満たそうとする人間の違いが、俺にはよくわからない。笑う人間の顔が、クゥニを殴ったナスリィのそれと重なる。

 一通り罵り満足したのか、クゥニの周りから人だかりが消えていく。やがて彼女は、全くの無表情で立ち上がった後、こう言った。

「……申し訳ありません。朝食の準備が、遅れてしまいました」

「いいから、家に来い!」

 俺はクゥニの手を取り、昨日充てがわれた自分の家へと走り出す。本当に、人間と吸血鬼、残虐性という点で、どんな違いがあるというのだろうか? 多分、違いなんて、ないのだろう。

 ……それは、俺自身が一番わかっている。

 俺はクゥニにバレないように、口を強く噛んだ。そうしないと、口が笑ってしまいそうだから。

 クゥニを迫害していた奴らと俺は、醜さという点で、きっと違いなんてないのだ。

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