第18話 ジャンヌ杯

 なんで――なんでこんなことになったんだべ!


 心の声が今にも聞こえて来そうな顔でガクガクブルブル震えるゴブゾウを、俺はコロッセオの客席から見下ろしていた。


 思い出すのは昨夜の酒場でのこと。


 ジャンヌが奴隷を使ったコロッセオの賭け試合、その景品になることをクレアから聞かされた俺は、取り返すべくゴブゾウに隷属紋を施して出場させることを思いつく。


「やっぱりこんなの無茶よ! 無駄死にさせるだけよ!」


 クレアはそういうけど、これしか取り返す方法がないのだから仕方ない。

 俺は頑張れよと客席から手を振る。


「神様ッ、だずげでぇえええええええええええええええええ!!」


 許せゴブゾウ。

 兜やら鎧やらで武装したゴブゾウに静かに合掌。


「神様、ゴブゾウが死んだらあの腹巻きは小生が貰ってもいいんだじょ?」

「ああ、好きにしろ」

「あっ、その時はわてとじゃんけんだがぁ!」

「よーし、負けないじょ!」

「ゴブゾウ! 腹巻きがおめぇの血で汚れねぇように脱いどぐだがぁ!」

「何を言ってるべぇッ!! オラを勝手に殺すなだべぇッ!!!」


 必死に叫ぶゴブゾウの声は、観客の声にかき消されてよく聞こえない。


『オール・パッセンジャーズ――会場にお集まりの皆様方! 今宵も奴隷による奴隷の殺し合いショーの開幕です! まずはあちらをご覧ください!』


 ビキニにショートパンツという露出狂みたいな恰好をした魚人族の少女が、闘技場の中央で手振り身振り大げさに口上。拡声魔法によって響き渡る司会者の声に、観客たちが注視をそそぐ。


 司会の少女が示した方角には、豪勢な椅子に腰掛ける夜の妖精王ティターニアの姿がある。彼女の両脇には歴戦の英雄を彷彿とさせる端正な顔のダークエルフが二人、その更に傍らには鎖に繋がれたドエロい恰好をしたジャンヌがいる。

 踊り子のような、下着姿のジャンヌである。


「ジャンヌッ!」


 彼女を認めたアーサーは居てもたっても居られず、立ち上がっては声を振りしぼる。

 その声は歓声にかき消されて聞こえない――が、ジャンヌもどうやらこちらに気がついたようだ。


「アーサー……アーサーッ!! ――ゔぅ……」


 立ち上がってはこちらに身体を向けるジャンヌのリードを、ダークエルフは無表情で引っ張った。


「くそっ、くそっ! あいつが僕のジャンヌに、わんわんプレ……クソ―――ッ!!」


 ひどく混乱している様子のアーサーは、昨日のゴブトリオたちのデタラメな話を現実と混同している。


『今宵の景品は人間の少女! それも極上の一品! 身長165cm、スラリと長い手足は性奴隷にするも良し、剥製にするも良し! ちなみにスリーサイズは上から84-58-79のEカップ! 15歳という年齢を考えれば満点ではないでしょうか!』


 雄弁とジャンヌを紹介する司会者に、会場の男たちは指笛を鳴らしたりと大興奮。


『続きまして、こちらをご覧ください!』


 少女が真上に手をかざすと、そこに映像が浮かび上がる。


「ほぉ〜、これは……エロいな」


 映像にはあられもない姿のジャンヌのプロマイドが、スライドショーとして表示されていく。


 バニーガールにビキニアーマー、果てはスライムでヌルヌルになった姿まで。バラエティにとんだエロスが、そこにはある。


「うわぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 それを目にしたアーサーは、心臓に杭を打たれた吸血鬼のように断末魔の叫びをあげている。


「あちゃ〜」


 つい最近まで童貞だったアーサーには刺激が強過ぎた。ましてや恋人のあのような姿を大衆の面前で晒されたなら……まあ無理もない。


「ゴブヘイ、ゴブスケ。気を失ったアーサーを回収しておくのだ」

「んっだぁ!」

「映像だけで絶頂に達してしまうなんて、たまげたじょ」


 気を失ったアーサーを客席に寝かせ、俺たちは映像を食い入るように見る。


『続いて対戦カードとオッズです!』


 ミノタウロスVSゴブリン。

 オッズはミノタウロスが1.3に対し、ゴブゾウは99.9。

 コロッセオ側はやる前から勝負ありという判断らしい。


 ま、妥当だな。

 と、俺も思う。

 もちろん、俺はアーサーから預かった全財産をゴブゾウに賭けている。

 これでゴブゾウが勝てば大儲けだ。


『初戦は美しき肉体美を有する怪力の持ち主、ミノタウロスのミノタロウ選手!! と……ただの貧弱なゴブリン……ゴブゾウ選手? です、ね。こんなの出してくるなんて……飼い主のウゥルカーヌスって人は、一体何を考えているのでしょうか? アホなんでしょうか?』


 一瞬にして会場が爆笑に包まれた。

 神を嘲笑うとは、天罰でも下ってしまえ!


「勝っても1.3倍……チッ。全然儲からないじゃない」


 どうやらロキはミノタウロスに賭けたらしい。

 この薄情者ッ!


「なによ! 言っとくけどね、鍛冶師としてのあんたの実力は神なら誰でも知ってるわよ。実際、鍛冶師としてのあんたはあちしも認めてるのよ? でもね、あちしたち神が愛せるのは人間だけ。あんたの武具を扱えるのは神か天使か人間だけよ。魔物であるゴブリンには扱えない。あんな鉄屑身にまとったって、ゴブリンがミノタウロスに勝つことは120%ありえないってこと! 残念ね」

「……うるせぇ」


 ふんっと鼻を鳴らして金勘定を再開するロキ。


 それでも俺はゴブゾウに賭けたい。

 ミノタウロスと対峙するゴブゾウを見つめる俺に、クレアも懐疑的な目を向けてくる。


「ちょっ、ちょっと」

「ん?」

「もう一度聞くけど、本気であれとゴブリンを戦わせるつもりなの? 今ならまだ棄権できるわよ?」

「しつこいッ! こっちはなけなしの金で出場枠を買ったんだ。戦う前から棄権なんてするわけないだろ」

「でも――」


 俺を見てゴブゾウを見るクレア。散々ゴブリンたちを軽んじる発言をしていた彼女だが、やはり本心は心優しいダークエルフのようだ。


「心配するな。ゴブゾウはばっちり重装備だ」

「あれは昨日たたき売りしていたやつをあんたが値切って値切ってゴミ屑みたいな値段で買ったやつじゃない。あんなのミノタウロスの戦斧が当たったらひとたまりもないわよ!」

「やってみなければわからんだろ!」


 どいつもこいつもやる前からうるさいッ!


「やらなくたって分かるわよ……」


 威嚇するように戦斧を振りまわすミノタウロスに、ゴブゾウは完全に萎縮していた。


「し、死にたくねぇべ……。オラ、まだ嫁といっぱいセックスしたいべ」


 泣きそうな顔で俺を見つめるゴブゾウに、サムズアップ。俺の期待に答えてみろと熱視線をくれてやる。


「ああ、神様はオラが強いと勘違いしてるべ……」


 この世の終わりみたいな顔したゴブゾウに、その時はやって来る。


 中々なパイオツを持つ少女が「ファイッ!」鋭い声を響かせると、ミノタウロスはその剛力を持って戦斧を振り抜いた。


「一瞬で終わらせてやるよッ」


 ぶんっ。


「うわぁッ!?」


 凄まじい風切り音とともにゴブゾウの真上を戦斧が通過。間一髪地面に伏せて回避する。


『避けたァッ! ミノタロウ選手の会心の一撃を、ゴブゾウ選手は地面にキスをするでまぐれ回避! しかし、それは恐怖を長引かせるだけに過ぎないぞゴブゾウ! 次の一撃を持ってゴブゾウ選手の小さな体躯は塵と化すでしょう!』


 ひどい言われようだな。途中個人的な感想入ってるし……。


「へへ、運のいい野郎だ。だが次はねぇッ!」

「こ、殺されるべぇッ!」

「死ねやこりぁあああああああ!!」


 次は伏せて避けられないようにと、ミノタウロスは低い位置から足払いの要領で横薙ぎに振り払う。


「バッ、バカなッ!?」


 だが―――


『と、跳んだぁあああああああ!! な、なんということでしょう! 非力なはずのゴブリンとは思えないほどの跳躍を見せるゴブゾウ選手! 30mは跳んでいます!』


 蛙のように跳びはねたゴブゾウを、会場の誰もがびっくり仰天と見上げる。


「なっ、なななななんだべこれぇっ!?」


 本人も自分の脚力に驚いている。


「……ちょっ、ちょっと、あんたあれはどういうことよ!?」


 ゴブゾウのずば抜けた身体能力を目にしたロキから異議が唱えられる。


「あのゴブリン一体何なのよ!?」

「ただのゴブリンだが?」

「すっとぼけんじゃないわよ! あんたのインチキ装備無しで、なんであんなに能力値が跳ね上がってんのかって聞いてんのよ!」

「ああ、そりゃ、ゴブゾウはずっと能力付与の装備を身につけているからな」

「ずっと……? ええっ!? だって、あんたの装備は魔物には……効かないはずよね?」


 たしかにその通りなのだが、ゴブゾウは別に俺の装備を身につけてなどいない。

 だがしかし、ゴブゾウはアーサーの村を出る時からずっとあの能力値だった。


「これは、どうなってるべ?」


 見事な着地を決めたゴブゾウは未だ信じられないといった様子で、自身の身体に目を向けていた。


『これは一体どういうことでしょうか! ゴブゾウ選手はただのゴブリンではなく、新種の蛙ゴブリンだったということなのでしょうか!』


 思いがけないゴブゾウの活躍により、会場のボルテージは跳ねあがる。


「ちょっと! ちゃんとあちしにも分かるように説明しなさいよ!」

「ゴブゾウは俺の装備を身につけられないし、事実つけちゃいない」

「嘘おっしゃい! なら、あれは一体何なのよッ!」


 ゴブゾウを指差すロキの眼が妖しく光っていた。神の鑑定でゴブゾウのステータスを看破しているのだろう。


 名前 ゴブゾウ

 年齢 5

 種族 ゴブリン

 性別 男


 レベル 7

 HP 18/18 → 270/270

 MP 11/11 → 165/165

 筋力 14 → 210

 防御 14 → 210

 魔防 8 → 120

 敏捷 11 → 165

 器用 6 → 90

 知力 3 → 45

 幸運 1 → 15


「あいつは不格好なアーサーの手作りペンダントを身につけているからな」

「……アーサー? ペンダント……?」


 隣で伸びている少年に視線を落としたロキは、じっとアーサーの顔をみつめる。


「まさかッ――」


 ロキは口許を押さえ、ある一つの可能性に思考を巡らせているのだろう。


 神様の一番の信者には、その神の力の一部が与えられる。


 これ即ち、神の恩恵。


 あの村で唯一俺を祀り続けてきたペンドラゴン一族に、その唯一の生き残りであるアーサーに、神の恩恵が与えられるのは至極当然。


 俺が信者に与える恩恵は当然、鍛冶師としての才――完璧な鍛冶師パーフェクトスミス


「つまり、あれはではなく、人の王が作り出した武具だ」

「でも、なんで……そうか!」


 どうやらロキも気がついたようだ。

 俺たち神の力は人を幸せにするためのものであり、魔を幸せにすることはない。


 しかれども、魔物であるゴブゾウには俺の作った武具は扱えないが、人が作り出した武具ならば扱える。

 もちろん、能力付与も与えられる。


 アーサーが友好の証に差し出したペンダントには、全ステータス15倍のボーナスが付与されているのだ。


 いくらミノタウロスが初期ステータスに優れた種族であったとしても、所詮は奴隷。レベルが低ければ意味がない。


「神様……? ――そうか! これは神様がオラに力をお与えになっているんだべ! 大天使ミカエルが言ってたべ、慈悲深き神様はオラたちにも慈悲の心をお与えになると!」


 何かに気がついたゴブゾウが身体ごとこちらに向き直る。


「あの、ばか……」

『これは一体全体どういうことだ! ゴブゾウ選手が突然観客席に向かって跪いた! 自らの死を悟り、サタンに祈りを捧げているのでしょうか!」


「神様……ほんの少しでも神様を疑ってしまったオラを赦してほしいべ」


 縋るような眼差しを向けてくるゴブゾウに、俺は鷹揚とうなずいた。


「赦す! だからさっさとやってしまえ!」


 嬉しそうな顔のゴブゾウの背後では、恥をかかさたミノタウロスが憤怒に燃える。


「くたばれぇッ! ゴブリン風情がァッ!!」

『今度こそ終わりかゴブゾウ選手! ミノタロウ選手の戦斧が直撃ッ――――』


 ――がちっ!


『と、止めたああああああああああああああああああああああああああッ!!!!』


 剛腕を持って振り抜かれた戦斧の刃を、ゴブゾウは素手で、片手で、指先だけで止めていた。


「「「「す、すげぇええええええええええええええええええええええッ」」」」


 これには観客は大興奮。

 どよめく会場が大きく揺れた。

 特別席から観戦していた夜の妖精王ティターニアも思わず尻を浮かす。

 祈るように見守るジャンヌも、大きく目を見開いていた。


「なっ、何なのよあのゴブリンッ!?」

「ゴゴゴゴゴブゾウが怪力になったじょ!?」

「どっ、どどどうなってるだがぁッ!?」


 クレアもゴブスケもゴブヘイも、驚愕に開いた口が塞がらない。


「オラをそこらへんにいる普通のゴブリンと同じにしてもらっては困るべ」

『ど、どういうことでしょうか!』

「オラはゴッドゴブリンッ! 神に愛されしゴブリンだべぇッ!!」


 意味不明な発言に司会の少女も観客も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「ゴッドゴブリンだと!? デタラメ吐かすなッ!」


 ゴブゾウに掴まれた戦斧を力任せに引き抜こうとするミノタウロスだが、うんともすんとも言わない。


「ありえん!? こんなチビにッ、あって堪るかァッ!!」


 そんなミノタウロスの願いも虚しく、彼は戦斧ごと宙に舞い上がる。ゴブゾウに投げ飛ばされたのだ。


「ウギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」

『何ということでしょう! 前代未聞! 巨体を有するミノタウロスが小さく非力なはずのゴブリンに軽々と投げ飛ばされたぁああああああああああああ』


 うおおおおおおおお――と白熱する観客たちの雄叫びがコロッセオに響き渡る。


『―――勝負あり!』


 地面に激突したミノタウロスは完全に意識を失っていた。 


 コロッセオのジャンヌ杯、トーナメント一回戦をゴブゾウは難なく突破した。

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