第17話 性奴隷とゴブリンの淫らな妄想

「あんたどうしてくれんのよッ! あんたのせいであちしまでこんなカビ臭い牢屋にぶち込まれたじゃないのよ!」


 地下牢に幽閉されて早数時間、ピエロ然とした天界の詐欺師はあきることなくわめき散らかしている。


「もうっ! いい加減に黙るべさ!」

「んっだぁ、んっだぁ! おっさんが喧しくて全然寝れねぇだがぁ!」

「大人しく隅っこでポコチン弄ってるだじょ!」

「だっ、誰に口聞いてんだッ! この小鬼がァッ!!」


 ギャアアアア―――狭い牢屋を元気よく走りまわるゴブトリオ。そのあとを変態ピエロが追いかけ回す。まるで見世物小屋だ。


「ジャンヌ……」


 かと思えば、こっちはこっちで陰気臭く丸まって落ち込んでいる。

 やべッ、目があってしまった。


「神様ッ!」


 ハイハイと赤子のように四つん這いになって急接近。潤々と揺れる薄茶色の瞳と目が合う。


「ジャンヌは無事なんですか!」

「俺が知るわけないだろ」

「そんなッ!? 無責任です! てっきり牢屋に居ると思っていたのに、どこにもいないじゃないですか!」


 魔族街ワンダーランドの地下牢は想像を絶する巨大さ。例えるならば地下迷宮。

 牢獄も一箇所二箇所ではない。数えるのも嫌になるほど鉄格子で囲われた部屋が無数に存在している。

 この監獄迷宮のどこにジャンヌが居るかなんて、正直分かるわけない。


「神様の神眼で探せないんですか!」

「無理だな」

「やってみないと分からないじゃないですか!」

「あのなぁー」


 やってみるも何も、やれないのだ。

 神眼とはすべてを見通す万能の眼ではない。あれは神が所有する領土内限定、それも自分の周囲10キロ圏内までしか見通せない。


「そんなぁ……」

「他国には他国の神が居るんだから当然だろ? 他所様の領土を覗くのは犯罪だ!」

「なら、ジャンヌは……」


 捨てられた仔犬のように項垂れる信者に、慈悲深き神として救いの手を差し伸べてやる。


「ま、直にここから出られる」

「本当ですか!」

「今頃クレアがあの頑固そうな夜の妖精王ママを説得してくれてるだろうよ」


 ここへ来ても、基本的に俺の他力本願は変わらない。人も神もすぐには変われんのだ。


「よって、今は寝て待つことだな」

「ジャンヌ―――どこにいるですかぁ!!」

「――!? うっさッ!!」


 鉄格子にしがみついては、壊れた猿の玩具みたく叫び散らかしている。

 あまりの喧しさにロキもゴブトリオも走りまわるのをやめて両耳を塞いでいた。


 別の牢獄からは「喧しッ!」だの「静かにしやがれッ!」だの野次が飛んでくるのだけど、アーサーはお構いなしだった。


 しばらくすると、石畳の床にコツコツとヒールの音が響いてくる。


「アーサー、少し静かにするのだ」

「ジャンヌ―――僕はここだよ! ジャんんぶぅうう――」

「静かにしろって言ってるだろうがッ!」


 一向に口を閉ざす気配のなかったアーサーの口を無理矢理塞ぎ、近付いてくる足音に耳を澄ます。


 ――間違いない、この足音は……。





「助かったぞ!」


 看守を引き連れ迎えに来てくれたクレアに礼を伝えるも、その表情は優れない。


「どうかしたか?」


 投げ掛けると、「少し面倒くさいことになった」と彼女はしかめっ面を作った。


「面倒くさいこと……?」

「話はここを出てからだ」


 クレアの案内で地下迷宮を脱出した俺たちは、近くの酒場で腹ごしらえがてらに食事をしながら話を聞くことにした。


「それ小生が食べようと思ってた肉だじょ! 横取りするなだじょ!」

「あちしに命令するなんざ1億万年早いのよ!」

「なんだがぁ、この口裂けオガマはッ!」

「誰がカマじゃコラァッ!」

「オカマじゃなかったら何なんだべ?」

「ニュースタイル、ってのはどうかしら?」

「ダサいじょ」

「んっだぁ」

「お前センスねぇべ」

「なっ、喧嘩売っとんのかァッ!!」


 こいつらは一体何をしておるのだ。本当にうるさくてかなわん。


「で、話ってのは?」


 骨付き肉を頬張りながら聞くと、夜の妖精王ティターニアはクレアが魔族街ワンダーランドに残ることを条件に俺たちの釈放を認めてくれたという。

 それのどこが面倒くさいのだろうと思いながら、エールを流し込む。


「ぷはぁッ! うまし!」

「ちょっとあんたあたしの話聞いてんの!」

「聞いてる、聞いてる! 要はクレアと俺の恋は叶わぬ恋だったということだろ? いやー、残念、残念」

「ちっとも残念そうに見えないんですけど? 胸揉んだくせに! チューしたくせに!」


 ジト目を向けてくるクレアに、あれは最高だったとおべっかを使っておく。機嫌をそこねられて無かったことにされてはかなわんからな。


「それより、ジャンヌはッ!」


 バンッ! とテーブルに手をついたアーサーが鼻息荒くクレアに詰め寄る。


「助けてくれるって約束したじゃないか!」

「……わかってるわよ。だからあたしも、その……ママにあの娘のことを開放するように言ったのよ。でもね、ママは今回の件とそれは別問題だっていうのよ。それにほら、あたしがワンダーランドここから出られないんなら、あんたと交わした約束だって無効でしょ? 一生牢獄か、良くて奴隷になるところを助けてあげたんだから、人間の娘一人くらいあきらめなさい」

「ふっ、ふざけるなですッ!!」


 これには当然彼ぴのアーサーは怒鳴り声を上げる。もちろん、俺とて貴重な信者を手放すつもりはない。なにより、ジャンヌには王の子を、アーサーの子を生むという大役を任せている。子孫繁栄あってこその国であり、信者なのだ。


 俺は一旦落ち着くように、ごねるアーサーを席に座らせる。


「お前のいう厄介な事とはジャンヌのことでいいんだな?」

「まぁ、そうなるんじゃない?」

「で、ジャンヌは今どこにいる?」

「そんなの知ってどうするのよ?」

「助けるに決まってるじゃないですか!」


 口を挟まずにはいられない彼ぴに少し黙るよう言い、俺はクレアへと向かい直る。


「言っとくけど、助け出すのは無理よ」

「無理? なぜだ?」

「あの娘、ジャンヌといったかしら? すでに隷属魔法を掛けられているのよ」


 隷属魔法――あの奴隷少年と同じやつか。


「主人でない者が無理に連れ出せば、バンッ!」

「!?」

「心臓が弾け飛ぶわよ。あれはそういう魔法、というか呪いに近いんだから」

「そんなッ!」


 悲壮な顔のアーサーは今にも泣き出してしまいそう。


「ジャンヌはいやらしいいやらしいメス奴隷になったべかッ!」

「考えただけで股間が大爆発だがや!」

「想像するんだじょアーサー! 今頃ジャンヌはスケベいなダークエルフに縛られ吊るされ、果ては大勢の前で首輪を付けられわんわんプレイ! 御主人様、早くいやらしいジャンヌに挿れてほしいんだじょ、って――」

「考えただけでオラのポコチンが魔槍となるだべぇッ!」

「わっ、わて、ちょっとトイレに行ぐだぁ!」

「オラも!」

「小生も!」


 いくらなんでも最低過ぎるだろあのゴブトリオ!


「げっ!?」


 ゴブトリオの話を鵜呑みにしたアーサーがギャン泣き寸前5秒前みたいな顔をしている。


「安心しなさい。あの破廉恥ゴブリンのいうようなことは、少なくともまだ起きてないわよ」

「ホント!?」


 縋るような目で見つめるアーサーに、若干引いているクレア。


「あの娘、人間にしては顔が良かったでしょ? だから今度のコロッセオの景品として出されることになったのよ」

「景品……って!?」


 青ざめた顔のアーサーが、頭を抱えて突っ伏せになる。


「貧弱な人間ね」


 自分には関係ないと肉を食らい続けるロキ。相変わらず冷たいやつだ。


「そのコロッセオには俺たちも出られるのか?」

「……参加費を払えば出られるけど、ってまさか出るつもりじゃないでしょうね!」

「当然出るに決まっているだろ?」

「神様!」


 自殺志願者みたいに悲壮感漂っていたアーサーの顔が、パッと明るくなる。


「それは無理よ!」

「無理……? 今出られると言ったじゃないか?」

「ええ、もちろん奴隷を持ってるなら出られるわよ? でも、ウゥルカーヌスは奴隷持っていないじゃない」

「……奴隷?」

「コロッセオへの出場資格があるのは奴隷だけなのよ。なんたって奴隷による賭け試合なんだから」


 さて、困ったことになった。


「僕が奴隷になって戦うよ!」


 と、アーサーは言うけれど、彼は一国の王である。理由はどうあれ、一国の王が奴隷になってコロッセオの賭け試合に出場など、絶対にダメだ。

 再びアヴァロンを築きあげていく上で、そのような過去はアーサー王の足枷となりかねない。


「ふぅー、オラはジャンヌのお尻まで使って3回抜いたべ!」

「この短時間で3回もがぁ!? さすがゴブゾウだがや」

「量より質だじょ! 小生は丁寧な妄想でジャンヌをメチャクチャにして、子を孕ませた状態でやったんだじょ! あの時のアーサーの泣き顔をみんなにも見せてあげたかったじょ」


 NTRかよッ!

 下品な会話で盛り上がるゴブトリオがスッキリした顔で便所から、一人スケベから帰ってきた。彼らの口調はまるで本当にジャンヌと一戦交えたかのようで、思わず感心してしまう。


「オラの顔に何かついてるだべ、神様?」


 席に着いた鶏冠頭のゴブリンをじっと見つめて、ふと閃く。


 ――こいつで良くね?

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