第16話 処女歴百年超えのダークエルフにかわいいと言ったら付き合うことになってしまった件。

 クレアの案内で入り組んだ街を進んで行くと、岩壁と一体となっている神殿が見えてきた。


 あそこに夜の妖精王ティターニアとベルゼブブが居ると思われる。


「あのドーム状の建物はなんだ?」

「コロッセオよ。奴隷を使った賭け試合が行われていたりするわ。人族にも人気なのよ」

「悪趣味だな」

「言っとくけど! 元々はあんたら人族の国でやっていたことなんだからねっ!」


 ムッとするクレア。

 にしても、尋常じゃない数の奴隷が街を行き交っている。


 ロキが言っていた通り、この街は他種族を取り込み支配して、ここまで膨れ上がったのだろう。

 まさに忌わしきハエに集られた罪深き地というわけだ。


「こっちよ」


 慣れた様子で神殿に入っていくクレア。

 一介のダークエルフがこうも簡単に入れるものなのかと疑問に思ってしまうが、今は気にしても仕方ない。


「ちょっとここで待っててもらえる?」


 豪華絢爛な扉の前で振り返った彼女はそう言って、一人で扉の奥に消えていく。


 待つこと数分――


 突然扉が開いた。

 奥の玉座に深く腰かけるダークエルフと目が合う。


 濡羽色の髪を夜会巻きにセットし、漆黒のロングドレスを身にまとった気怠そうな雰囲気のダークエルフ。

 隣にはクレアの姿もある。


「そなたが冒険者ウゥルカーヌスですか?」

「如何にも、俺がウゥルカーヌスだ」

「礼儀をわきまえぬ愚かなる種か。して、そこの下等な人族とゴブリン裏切り者は何なのです? 余は招いた覚えはありませんよ」

「俺の仲間だ」

「……まぁ、よいでしょう。それより、そなたのその不敬な態度はなんですか。余をワンダーランドの夜の妖精王ティターニアと知っての狼藉ですか?」

「気に障ったなら詫びよう。悪かったな」

「跪けッ――――!!」


 突如ヒステリックな金切り声が謁見の間に響き渡る。

 突風のような大音声が幾重にも重なり反響すると――


「うっ……なんです、これ!?」

「体が……動かねぇべさ」

「つ、潰れるじょ」

「これは……やべぇだぁ」


 重力変化によって地に伏せるアーサーたち。

 しかし、この程度では俺やロキを跪かせることは不可能。

 そのはずなのだが……ロキは脂汗を浮かべて跪いていた。


「――!?」


 どういうことだとロキに視線を落とす。

 こちらを見やるロキと目が合う。


「(あんたってほんっとにバカね。イキがって正体知られたら元も子もないじゃないの)」

「(あっ……)」

「(なんの為にあちしが嘘偽りフェイクリューゲをあんたに渡したと思ってんのよ! このマヌケッ!)」


 やってしまったと血の気が引いた頃には、玉座の女王は別人のように慌てふためいていた。


「ちょっとッ! クレアちゃんどういうこと!? なんであいつは跪かないの? ママの重力魔法完璧よね?」

「ちょっと落ちついてよママッ! 焦って素が出てるから! ていうかちゃん付けはやめてっていつも言ってるじゃない! あたしもう百歳超えてるのよ!」

「そうね。ええ、そうよね。でもクレアちゃんも素が出てるじゃない? ママのこと言えないわよ。じゃなくて……ゴホンッ。落ちつくのです、クレア」

「――!? う、うん。えー……と、ふぅー。わたしはいつでも落ちついています、夜の妖精王ティターニア。それよりご覧ください。どうやらこの卑しい人族は相当に鈍い人族だったようです。時間差ではあったものの、この通りしっかり夜の妖精王ティターニアの威厳にひれ伏しています」


 ダークエルフ見栄っ張り母娘がテンパっているうちに、俺もロキを見倣って地に伏せた。


「あら……口程にもない! 先程までの威勢はどうしたのです? 卑しい冒険者ウゥルカーヌスよ」

「俺が悪かった……だから重力変化これをやめてくれっ。もう耐えられそうにない」


 下手くそ――俺にだけ聞こえるように野次を飛ばすロキに苛立ちながらも、俺は慣れない演技を続けた。

 その甲斐あって何とかバレずに済んだ。


「ふぅー、死ぬかと思った。で、俺はなんで呼ばれたんだっけ?」

「そなたが我らの邪魔をしたからです」

「邪魔……?」

夜の妖精王ティターニアは中央を明け渡せと言っているのだ! ウゥルカーヌスよ」

「またその喋り方かよ」

「う、うっさいわね! これがあたしの本来の喋り方なのよ!」

「いや、どう考えても今だろ。つーかそっちの方が可愛いぞ?」

「かっ、かかかかかわいい!? と、年上をからかわないでッ!」


 俺の方が年上なんだけどな……。

 なんてことを思案しながら苦笑いを浮かべていると、


「まさかクレアちゃん!?」


 赤面する娘を見て、再び女王がテンパり出した。


「ダメよ、いけませんよ人族なんてっ! 上位種であるわたくしたちが下等種族を伴侶になんて……絶対にダメ! 国民に示しがつかないじゃない!」

「なっ、ななななにを言ってんのよママ! ああああたしとこいつはそんな関係じゃないわよ! 第一まだ出会ったばっかりなのよ!」

「……嘘じゃないわね? ちゃんとママの目を見て言いなさい! クレアちゃん! なにもしてないのよね?」


 疑惑の眼差しでじーっと見つめる母に対し、どこからどう見ても挙動不審な態度の娘。


「チュ、チューは……その、何回かしたかもしれないけど……。む、胸だって数百回くらいは揉まれたかもしれないけど……。まだしてないからっ! する前に着いちゃったし」

「なっ、なんでちょっとがっかりしてるのよ! ママはクレアちゃんをそんな破廉恥な娘に育てた覚えはないわよ!」

「――!? ママ! あたしもう百歳超えてるのよ!」

「何百歳になろうと娘は娘。我が子を心配するのは当然でしょ?」

「ママがそうやってあれもそれもダメって言うからっ! あたしは未だに彼氏の一人もできないんじゃない! 友達で未だに経験がないのあたしだけなんだからっ!」

「あなたはこの国の姫なんだから、急いで経験する必要なんてないの!」

「だからもう百歳超えてんだってばっ! これのどこが急いでるに入んのよっ! お陰で同族の男たちからは永遠の処女姫ヴァージンロードと揶揄されて、あたしはめんどくさい女NO.1の称号まで得ているのよ!」


 涙ながらに訴えるクレアに、お盛んなゴブリンたちは同情的だった。


「百年以上禁欲生活だべかっ!? そりゃえげつない拷問だべさ」

「想像しただけでゾッとするじょ」

「今までよく堪えただな。わてらゴブリンなら股間が大爆発してるところだがや」


 いくら何でも酷すぎる仕打ちだと、ゴブリンたちがヒソヒソと夜の妖精王ティターニアを非難する。


 それが後押しとなってしまったのか、クレアが何かを決意したように声を張り上げる。


「――あたし決めたッ! こいつと付き合うから!」

「ぶぅぅうううううううううううううううううううッ!?!?」


 いきなり何言ってんだよこいつッ!?


「あたしあんたの申し出を受けることにするから! そのつもりで!」

「申し出ッ!? 一体何のことだ!?」


 たしかにここに来るまでの道中キスはしたし胸は揉んだ――が、告った覚えはない。


「今あたしのこと可愛いって言ったじゃない」

「だからなんだよ!?」

「オッケーするって言ってんのよ! 言わせないでよね、バカッ!!」

「…………」


 処女歴百年超えのダークエルフにかわいいと言ったら付き合うことになってしまった件。

 いやいやいや――そんなの実際に起きてたまるかっ!?


「なりませんっ! ママは絶対に認めないわよ! パパだって絶対に反対するに決まっているもの! 下等な人族と上位種族であるダークエルフの姫が結婚だなんて、絶対にダメよ!」

「ママが何と言おうともう決めたから! 認めてくれないならあたしこいつと駆け落ちするわ!」

「待ちなさい――クレアちゃん!」


 強引に俺の手を取って歩き出すクレア。


「ちょっ、ちょっと!? ジャンヌのことはどうなるんですかッ!」


 慌ててクレアに詰め寄るアーサー。


「心配しなくても連れ出してあげるわよ。その代わり、こいつと一緒にあたしもあんたの村に住ませなさい。それが条件よ」

「それは別に構いませんが……」


 なんなんだよ……これ。

 一体全体なんでこんなことになってんだよ。


 背後からは夜の妖精王ティターニアの凄まじい殺気と歯軋りが聞こえてくる。


「その者たちを引っ捕らえよッ――!」


 謁見の間から出ようとした俺たちを、夜の妖精王ティターニアの怒号が追い越していく。


「げっ!? マジかよ」

「なんであちしまでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」


 次から次に武装したダークエルフが謁見の間になだれ込んでくる。

 瞬く間に取り囲まれてしまった。


「おのれぇ愚かなる人族ウゥルカーヌスよ! 余の娘を誑かすとは万死に値する!」

「誑かしてねぇよ!」

「ちょっといい加減にしてよママッ!」

「あなたはその人族に騙されているのです。けれど安心なさい。母がすぐに卑劣なる人族からあなたを救ってあげましょう。その者たちを牢へ連れていきなさいッ!」


 最悪の展開だ。

 こうなったらいっそ暴れてやるかと思案した直後――凄まじい殺気が突き刺さる。見ればロキがバラすなよと目で訴えかけていた。


「……仕方ない」


 やむを得ず、俺たちは大人しく捕まることにした。

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