3.離婚調停1回目


 当日を迎えます。こんなに緊張をするのは、受験以来かも知れません。


 家裁の近くにある某公共施設には、仕事で週に何度も出入りをする馴染みの建物。そこには愛嬌のある笑顔と、大きな声で迎えてくれる警備員のおじちゃんがいるのです。私は、なぜかそのおじちゃんの顔が見たくなったのです。


「どうもねー。お姉さん。今日もお疲れさまー」


 その日もおじちゃんは、にかっと笑顔を見せてくれます。年配の人には「お母さん」。私ぐらいの世代には「お姉さん」。若い子には「お嬢ちゃん」と呼び掛けて、駐車場の整理をしてくれるおじちゃんに見送られて、なんだかちょっと気持ちが落ち着きます。人間、不安になると、日常が恋しい。家裁の駐車場は、がら空きだというのに、その施設の駐車場に車を停めて、わざわざ歩いて行きました。


 家裁——家庭裁判所。行ったことあります?か? 普通ないですよね。あんまりない。仕事柄、何度か行ったことはありますけれども、中の仕組みだってわからない。なんだか、犯罪者になった気分です。モダンで殺風景。しんと静まり返っているフロアを横切って、二階へ。受付です。呼び出し状を見せると、ぶっきらぼうなお姉さんがラミネートされたカードを見せて説明してくれます。


「あなたの待合室はここです。申立人とは顔を合わせないようになっていますが、トイレや廊下などで、出会ってしまうこともあるかも知れませんので、ご了承ください。申立人は30分早く入っています」


 いやきっと。顔みたら殴るかも知れません。絶対に顔を会わせたくないと、足早に待合室へ。縦長の部屋で、両脇に長椅子が置いてあるだけの部屋です。中には高齢の男性と女性。それから、スーツが不似合いな男性が一人。私は、入口近くの席に座って、本を開きます。もちろん、読むつもりはありませんでしたが、待ち時間になにかしていないと、緊張に押しつぶされそうでした。


「だからさ。面倒なんだよ。こういうの。あ? まだ終わんねえし」


 目の前の男性は、どっかりと座って、スマホで文句をたらたら。申立人は奥さんでしょうか。


「娘さんは折り合う気がないんだから。ここは踏ん張りましょうね」


 隣の二人組。どうやら一人は弁護士らしい。高齢男性の襟には、弁護士バッチがついています。娘に申し立てられる母って、どういうトラブルなわけ? 財産なんでしょうか。


 人間ウォッチングをしていると、廊下からA氏の「ありがとうございました」という声が響いてくる。こういうところ、もっと気を使ってもらいたいなと思います。なんだか嫌な気分。


 で、案の定。小太りのおばちゃんが「雪さん。雪さん、どうぞ。お待たせしました」と迎えにきます。


 おばちゃんはショートカットヘアー。目が開いているのか、閉じているのかわからないくらい細い。個室に案内されると、そこには、小柄の笑顔の素敵なおじさんが待っています。彼は弁護士でしょう。バッチつけているもの。


 調停員って、司法の専門家もいますが、一般人もいるとのこと。私の知っている方も、その辺のおじちゃんですが、調停員をやっていました。その方曰く。


「調停っていうのは、難しいものじゃないんだ。なんだか難しく感じて、弁護士に相談しちゃだめだよ。お金ばっかりとられるしね。調停は素人だって出来るんだから」


 そんなことを思い出しながら、二人の目の前に腰を下ろします。自分たちが担当しますと、自己紹介してくれました。名前は忘れたな。緊張していたんだと思います。


 それから、最初に「申立人であるA氏はこう言っていた。間違いないですか?」「今回は三つの件について話し合う予定だが、今日はまず一つです」と説明されます。それから、私の提出した資料をじっくりと見てくれて、途中、何度か質問をされました。


「よくわかりました。経過を記載したメモ。助かりました」と言われて、ほっとしたのを今でも覚えています。


「それでは、うさこさんの言い分もよくわかりましたので、またAさんにお伝えしてみたいと思いますので、待合室でお待ちください」


 30分強くらいの面談だったでしょうか。私は、再び待合室へ。スマホの男性は、廊下に出たり入ったり。そのうち、「ち」と舌打ちをして、帰っていきました。


 高齢の二人組のほうは、なかなか深刻の様子。調停員がやってきて、弁護士に説明します。


「本来は、当事者同士が同席する場面ですが、今回は特別に、代理人に説明させてもらいます」とのこと。


 どうやら溝は深いらしい。両者が直接出会うと、喧嘩沙汰になるとでもいうのでしょうか。ああ、そう言えば、同僚が離婚の際、夫相手と浮気相手の女性、双方に調停を申し立てて、慰謝料をもらった案件がありました。その際、その女性と鉢合わせになった同僚は、女性に掴みかかって、同伴していた母親に羽交い絞めにして捕獲された——という話しを思い出します。調停をするって、それだけ、憎しみも大きい証拠。話し合いにならないから、調停するんですものね。恐ろしい。それと同時に、最終的にA氏と同席しなければならないという事実のほうが恐ろしい。嫌だな、という気持ちばかりでした。


 そうこうしている内に、再び小太りのおばちゃん。「どうぞ」って。この日は、「離婚前提の調停でも、もう一度和解する道を選んで欲しいのです。次回までに、そもそも離婚をするのか、しないのかについて、もう一度考えてきてください」と言い渡されて終了。次回の調停日はそこで決定されて「お知らせ」という紙を渡されます。


 次回は、「離婚」となったら、「離婚に伴う子どもたちへの精神的な負担」というDVDを見せられるという話しでした。



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