第1話 探偵の右腕の男

 茉莉は大学帰りに墓地へ寄り、本庄家の墓に手を合わせた。

 ここには優の遺骨が納められているのだが、この十年間いないものとして扱われていた兄を懐かしむ気持ちは無かった。


 (けど頭以外は見つからなくて犯人は逃走中。そのうえ誰もお墓参りに来ないんじゃさすがに不憫っていうか)


 優の死亡状況は聞く限り凄惨なものだった。

 部屋中が血飛沫で真っ赤に染まり、風呂場にごろりと頭部だけが転がっていたという。首から下は一切見つかっておらず、この墓に眠るのは頭部の遺骨のみなのだ。


 (想い出なんて無いけど、せめて遺体くらい見つけてあげたいかな)


 はあ、と深くため息を吐いた。するとその時、茉莉の後ろでカコンと下駄の音がした。


 「じゃあ探しに行くかい?」

 「え?」


 下駄を鳴らして声をかけて来たのは和服姿の男だった。茉莉は男を見て絶句した。


 (凄い……真っ赤だ……)


 赤い着物に赤い羽織、さらには髪まで赤。カラーコンタクトだろうか、目まで赤い。

 顔立ちは端正で穏やかそうに見える。声も柔らかくて、子守歌を歌われたら五分で眠れそうだ。

 だが、如何せん色がおかしい。

 好みは人それぞれだが、それでもやはり気味が悪い。茉莉は焦って立ち上がり赤い男から距離を取った。


 「見つけてあげたいんだろう?よければ手伝うよ」

 「……私口に出してました?」

 「目は口程に物を言うのだよ。優さんは残念だったね」

 「兄の知り合いですか?」

 「そうとも。僕は君のお兄さんの右腕だったのさ」


 警察の話はほぼ右から左に流れていたが、確か助手がいるという情報を聞いた覚えがあった。

 茉莉が思った事といえば、無職になって可哀そうに、くらいのものだった。名前など覚えていないし興味も無い。話途中で飲み会の時間になったので途中退席したから結局何だったのかもよく覚えていない。

 それでもまさかこんなふざけた男を雇っていたとは思いもしなかった。何を考えているんだと、記憶にない兄を恥ずかしく思った。


 「僕は失せ物探しが得意でね。そりゃあもう役に立ったものさ」

 「私兄の仕事好きじゃ無いんで」


 茉莉はぺこりと頭を下げると、小走りにその場を離れた。

 しかしなんと、赤い男はそれと同じ速度で茉莉の後をぴたりと付いて追いかけて来た。にこにこと上品な微笑みを浮かべて、身体を揺らさずに並行して付いてくるのはあまりにも不気味だった。


 「な、なに、なんですかあなた!」

 「ふうむ。よしよし、分かったよ。僕が一緒に探してあげよう」

 「警察に任せます。付いて来ないで!」

 「むむ。じゃあお肉をあげるから一緒に探そう。僕はお肉の専門家なんだ」

 「え?い、いらな――痛っ!!」


 男はギリギリと骨が軋むほどの力で茉莉の左手首を掴んだ。

 骨折した事など無いけれど、きっとこのままいけば粉砕されるだろうというほどの痛みで、茉莉は踊るようにその場に倒れた。


 「ありゃあ。大丈夫かい?」

 「は、はなして」

 「じゃあ一緒に探すかい、遺体」

 「だから、警察に」

 「探すだろう?」


 ぎり、とまた強く手首を掴まれ、茉莉は恐怖に逆らえずこくりと頷いてしまった。

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