第5話

美月は何故だか最近、周平の背中をとても遠くに感じていた。


今日は、由香の十歳の誕生日だった。せっかくだからお祝いをしようと、家族三人で高級レストランのディナーを楽しんだ。


「ありがとね、ごちそうさま」


美月がそう言うと、周平は「いいんだよ」と手を振った。


今から約四年前、周平が都市銀行を辞めた後、家にこもりがちになってしまった時は、正直どうなるかと思った。


しかし、我慢の限界を迎えた美月が離婚をちらつかせると、しばらくして彼は人が変わったように羽振りがよくなった。


必ず毎月、生活費を管理している美月の銀行口座に、周平から四十万円の振込があるのだ。


彼は結局、サラリーマンには戻らなかったが、退職金を注ぎ込んだ投資が成功して、経済的に余裕ができたのだと言っている。


相談もなく退職金を使ってしまったことは少し気になったが、その投資が成功したおかげで贅沢な生活を送れているのだから、文句は言えない。


由香を真ん中にして、三人で横に並んで家路につく。


いつからだろうか。由香は親と手を繋ぐのを恥ずかしがるようになってしまった。


でも美月は、こうして家族一緒に過ごせる時間に幸せを感じていた。こんな幸せがいつまでも続けばいいと思っていた。


ふと、周平の顔を横目で見ると、美月とは対照的な恐ろしい表情をしていることに気付いた。


まるで、一人で深い闇を背負っているような、怒りとも、悲しみともとれるような表情。


何年か前から、時々そのような表情を見せるようになった彼のことを、美月はとても心配していた。


「あなた、どうしたの? 大丈夫?」


すると周平は、我に帰ったような顔をした。


「ごめん。また恐い顔をしてたかな? ちょっとここのところ疲れが溜まってて」


彼は笑顔を向けてきたが、美月は安心できなかった。


「そう。あんまり無理しないでね」


日中、自分の部屋に閉じこもっている周平は、パソコンに張り付いて金融商品の売買をしているらしい。


昨日は珍しく、美月が眠るまで、部屋からキーボードを叩く音や書類をめくる音が聞こえていた。


結局、彼が何時まで起きていたのかは分からない。



しばらく歩いていると自宅に到着した。そして、由香がお風呂に入ると、周平が美月に切り出した。


「明日から投資先の物件を見に、一週間くらい金沢に行こうと思うんだけどいいかな?」


美月は内心、「またか」と思った。


周平は、三ヶ月に一度くらいのペースで、投資先を視察するために旅行に出かける。


彼いわく、投資をするには現場を見ないといけない時があるとのことなのだが、美月は不審に思っていた。


もしかすると、他に女がいるのかもしれない。


何となく彼との間に感じるようになった溝。それは、彼の不倫によるものなのではないだろうか。


美月は、彼を信じたい気持ちと、自分の勘が間違っていないのではないかという気持ちの間で揺れ動いていた。


「今回も一人で行くの?」


「ああ、もちろん」


「分かったわ。気を付けて行ってきてね」


周平は美月の了承を得ると、すぐに自分の部屋に行ってしまった。


そして、この日も部屋から出てくることはなかった。

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