#19 あなたの気持ち、私の気持ち

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エミリーが身を寄せているとは知らず、バーバラの家を訪ねてきたジェームズ。エミリーはふたりのようすをこっそりのぞきながら、自分の心の声に耳を傾ける。


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 パーティの翌日、エミリーはドアの隙間からジェームズの姿を見ていた。

 バーバラの屋敷のサロンで、ジェームズはむっつりと椅子に座っている。エミリーがいるのはサロンの続き部屋だ。そこからのぞいていいとバーバラから言われた。

 ふと、はじめてジェームズの屋敷で目を覚ました時のことを思い出した。あの日、朝食の間で座っていたジェームズも、同じようにむっつりしていた。あの時は、こんなことになるとは思ってもいなかった。

 サロンにバーバラが入ってきた。ジェームズが立ちあがる。

「なんですか、急に訪ねてきて」バーバラが言い、座るように手振りで示した。

「わけはおわかりのはずだ」ジェームズはまた腰をおろしながら言った。

「ビーナス像?」

「オークションに出すとはどういうことですか?」

「どうもこうもありません。あなたもクロードも偽の婚約者を連れてくるなんて情けないこと。ふたりにそんな真似をさせるようなビーナス像は、手元に置いておかないほうがいいと思ったのよ」

 ジェームズはうなだれた。

「ジェームズ、セントラル・ホテルにいた背の高い女性と結婚するつもりなら、どうしてはじめから彼女を連れてこなかったの?」

「彼女とはなんでもありません。あれは彼女の悪ふざけですよ」ため息まじりに言う。

 エミリーはほっとしたものの、バーバラの次の言葉でまた息をのむことになった。

「なら、エミリーとは? 結局、どういう関係なの?」

「僕たちは――」

 ジェームズは言葉につまっている。エミリーはまた涙があふれそうになるのを感じた。やっぱり、恋人同士だとは思っていなかったの?

「訊き方が悪かったかしら。あなた、エミリーをどう思っているの?」

 エミリーは息をひそめて答えを待った。しかし、ジェームズは答えず、ふいとバーバラから顔をそむけた。エミリーの位置から、その表情は見えなかった。

「ビーナス像とエミリー、どちらが大事なんです?」バーバラはたたみかけるように尋ねる。

 それでも、ジェームズは何も答えない。

 バーバラはため息をついた。「あなたにはがっかりだわ、ジェームズ。ビーナス像の出品を取り消すつもりはありません」

 エミリーはドアの前から離れ、ふらふらと自室に帰った。ベッドに身を投げ出し、ひとしきり泣いたあと、心を決めた。

 ビーナス像の出品の手配を引き受けよう。誰が落札しても、それで区切りをつけて、ジェームズのことは忘れよう。

 忘れられるの? 先ほどのバーバラとジェームズのやり取りが脳裏をよぎった。――あなた、エミリーをどう思っているの? バーバラはそう尋ねた。ジェームズは答えなかったけれども――私はジェームズをどう思っているの?

 こんなに悲しいのは、ジェームズのことが好きだからだ。ジェームズとの思い出が次々に心に浮かぶ。若いアーティストに囲まれるジェームズ。兄たちとやり合うジェームズ。熱い視線をそそいでくるジェームズ。何よりも鮮明によみがえるのは、エミリーを抱きしめ、君はよく頑張っていると言ってくれた時のことだ。あのひとことこそ、新しい未来をひらいてくれたような気がする。

 エミリーは目を閉じた。私はジェームズを愛している。

 オハイオからニューヨークに帰ってきた時も、こんなふうに自分の気持ちを確かめた。あの時は勇気を出して、自分からジェームズを求めたけれども、今度はどうしたらいいの? 思いを打ち明ける? 私のことをなんとも思っていない人に?

 そこまでの勇気は出せない。

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