#18 悪い子にはお仕置きが必要です
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ジェームズの家には帰れない――途方に暮れるエミリーに手を差し伸べたのは、ジェームズの大伯母のバーバラだった。バーバラは甥っ子ふたりを懲らしめるため、ビーナス像を売ると言う。
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泣きながらパーティ会場を出ようとした時、エミリーは大伯母のバーバラに呼び止められた。
「あの騒ぎを見て、追いかけてきたんですよ」
エミリーは何も言えなかった。涙が止まらない。
「まあまあ、そんなに泣いて。さあ、あたくしの車で家まで送りましょうね」
うながされるまま、エミリーはバーバラのリムジンに乗りこんだものの、家の場所を訊かれた時、帰るところがないことに気づいた。
「そのあたりを回ってちょうだい」バーバラは運転手に指示を出し、エミリーの手をとった。「あたくしのせいでこんな騒ぎになってしまって、ごめんなさいね。あの子たちがいつまでも身を落ち着けようとしないから、一計を案じたのだけど、あなたを巻きこんでしまうなんて……」バーバラは言った。
エミリーはジェームズの〝婚約者〟になったいきさつをぽつぽつと話し始めた。涙はどうしても止まらなかった。「……そういうわけで、私、ジェームズの家の離れに住まわせてもらっていたんですけれど、もう帰れません。ジェームズはほかの女性と結婚するつもりなんです」
「さっきの背の高い女性? おかしいわねえ。ジェームズはあなたに夢中のように見えたけど」
エミリーはかぶりを振った。
バーバラは目をきらめかせた。「それなら、あたくしのところにいらっしゃいな。しばらくうちで暮らすといいわ。部屋だけはたくさんありますからね。ええ、そうしましょう」
「でも――」
「ジェームズは妹の屋敷を買い取って、そこに住んでいるんでしょう? クララはまだいるかしら?」
「ええ」
バーバラはそれなら安心だとばかりにうなずいた。「なら、クララに言って、あなたの荷物をうちに運ばせておくわ。ちゃんと口止めするから大丈夫ですよ」
「そこまでお世話になるわけには――」
「こんな騒動に巻きこんでしまったのは、あたくしの責任ですからね。当分うちで暮らしなさい」
バーバラには妙な威厳があり、エミリーはそれ以上反対することができなくなってしまった。
「ああ、そうだわ。〈ウィルソン&ラッセル〉のかたなら、うちのビーナス像を見せてさしあげましょうね」
エミリーは顔をしかめた。アンティークの専門家としては見てみたいが、この騒ぎのきっかけになったものだと思うと、見たくない。
バーバラはそんなエミリーの顔に気づき、言葉を重ねた。「今のうちに見ておいたほうがいいわ。やっぱり売ろうと思っていますからね」
エミリーは目を見開いて、バーバラを見つめた。
「こう言ってはなんだけど、結局はあなたもジェームズの本物の婚約者ではなかったのでしょう?」
エミリーは顔を赤くして、うつむいた。
「あら、責めているんじゃありませんよ。悪いのはジェームズですからね。クロードの婚約者が偽物なのもお見通しです。ひと目でわかりましたよ。ふたりとも悪い子ねえ。お仕置きをしてあげないと」
「そんな――」
「そうだわ、せっかくだからあなたにお願いしようかしら。少し急だけど、一週間後のオークションでビーナス像が出品されるように手配してくださる? ハロルドには、今回だけあなたに頼むと言っておくわ」
スピーチで何を話したのかは覚えていない。とにかく一刻も早く帰りたかった。
ジェームズは壇上を降りたとたんに走り出し、人ごみをかき分けるようにして会場の出口に向かった。すぐにリムジンを呼び出したが、何せこの規模のパーティだ。あいにく、引きあげようとする人たちの多い時間帯で、玄関まで車を回すにも時間がかかると言われた。ジェームズは痺れを切らしてタクシーを拾ったが、今度は渋滞に巻きこまれてしまった。
ようやく家に着いた時には、あの騒動から二時間近くがたっていた。離れは真っ暗だ。
それでもジェームズは階段を駆けあがり、エミリーの部屋に向かった。ノックをしても返事はない。かまわずにドアをあけると――部屋の中はからっぽだった。エミリーの荷物がすべて消えている。慌てて携帯電話を取りだし、エミリーの番号にかけた。しかし、出てもらえない。
ジェームズは古参のメイド頭を呼びつけ、問いつめた。
「エミリーはどこだ?」
「存じません」
「しかし、荷物が消えている。一度はここに帰ってきたんだろう?」
クララはむすっとして繰り返した。
「存じません」
どういうことだ? エミリーはどこへ消えた? まさか、フィリップ・バロウズのところか? あいつのコンドミニアムの場所なら、調べればわかる。しかし、押しかけてどうする? 君は誰だともう一度尋ねられた時、僕は胸を張って婚約者と名乗れるのか?
ジェームズはベッドにどさりと座りこんだ。
「では、失礼いたします」クララはそう言って部屋を出ていったが、なぜかすぐに戻ってきた。手に電話の子機を持っている。
「バーバラ様からお電話です」
ジェームズは電話を受け取った。
「あたくし、ビーナス像をオークションに出品することにしたわ」大伯母は早々に切り出した。
「なんですって?」
「あなたの婚約者もクロードの婚約者も偽物だったとわかりましたからね」
「しかし、伯母様――」
「そうそう、もちろん、あなたが自分で競り落とすのは自由ですよ。案内は出しますからね」
そして、通話は切れた。
ジェームズは頭を抱えこんだ。
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