#14 心の声に耳を傾けて

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エミリーには男性経験がない。はじめての時、痛くて結局は最後までできず、また誰かとという気になれないでいる。でも、ジェームズとは? 私はどうしたいの?


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 ニューヨークに戻って二日目の夜、エミリーは離れの部屋から暗い庭を見つめていた。オハイオに帰省してニューヨークへ戻ってくる時にはいつも、寂しさと解放感を同時に味わっていたが、今回は妙に晴れ晴れとした気分で出発することができた。

 ――君はよく頑張っている。ジェームズの言葉が耳の奥でこだまする。ずっと、誰かにそう言ってほしかったのかもしれない。

 エミリーは母屋に目を向けた。ジェームズの部屋には先ほど明かりが灯った。

 ――僕は君がほしい。あの言葉もずっと頭の中で響き続けていた。

 昨日も今日も、エミリーは十二時ちょうどまで明かりを点けていた。そこで怖じ気づき、電気を消した。

 もう一度電気を点ける? どうしたらいいの? 今まで付き合った人たちは、体を与えるのを拒むと、別れを告げていった。勇気を振り絞って身を捧げようとしても、最後の最後でうまくいかなければ、結果は同じだ。ジェームズもそうだったら? それで別れることになってしまう? 別れという言葉は正しくないかもしれない。契約期間が終わるだけだ。

 ジェームズはいつまでも待つと言ってくれたが、待ってもらえる自信はなかった。どうしたらいいの? 私はどうしたいの? 

 エミリーはふいに気づいた。今まで、男性との付き合いで、自分がどうしたいのか考えたことがなかった。誰もが当然のように体を求めるから、それを拒むか否か、どう対応するかといった考え方しかしてこなかった。ジェームズとは? 私はどうしたいの?

 ジェームズにとても惹かれている。このまま縁が切れて、いずれほかの女性のものになってしまうかと思うと、胸がよじれる。なら、自分のものにしたい? ジェームズがほしい? そうシンプルに考えれば、答えははっきりしていた。

 私のものにしたい。ジェームズがほしい。そう、私はジェームズが好き。

 エミリーはジェームズの部屋の窓を見て、明かりが点いていることを確かめてから、自分の部屋の電気を点けた。時刻は十二時二十五分。

 ベッドに入り、枕にもたれて、ドアを見つめた。十分、二十分、三十分と時間だけが過ぎていく。エミリーは泣きたくなった。ジェームズの部屋の明かりはまだ点いている。私が合図を出したらこちらに来ると言っていたけれども、気が変わったの? もう私のことはほしくない?

 エミリーは唇を噛み、ドアを見つめ続けた。


 ジェームズは大慌てで仕事から家に帰ってきた。なるべく部下にも仕事を任せるようにすると決めたが、何せ無理に休暇を取った身だ。ジェームズでないとわからない案件は列を成して待っていた。それでも、帰宅が十二時を大幅に過ぎることは絶対にあってはならない。

 屋敷の門をくぐったのは十二時五分過ぎ。ジェームズは離れを見あげ、次の瞬間、がっくりとうなだれた。エミリーの部屋の窓には明かりが灯っていなかった。

 深々とため息をつき、脚を引きずるようにして母屋の中に入った。自室に直行し、窓辺のソファに身を投げ出す。

 昨日の夜はさすがに期待していなかった。こちらに戻った次の日では、心が決まらなくても当然だ。とはいえ、ジェームズが思いを打ち明けた日から数えれば、もう一週間近くがたっている。

 あちらの実家で、思わずベッドに押し倒してしまった時、エミリーが怯えた表情を見せたことも気にかかった。性急すぎたか? 気づかないうちに、乱暴な真似をしてしまったのか?

 考えこむあいだに、眠気に襲われた。ジェームズはエイダンから特製薬を山ほどもらってきていた。一週間は飲み続けるように言われている。あの特製薬には睡眠剤も入っているのか? 怪我のせいかもしれないが、あれ以来、ふだんでは考えられないほど深く眠ってしまう。

 しかし、もしかしたら、これからエミリーの部屋の窓に明かりが点くかもしれない。

 ジェームズは腕時計に視線を落とした。十二時二十分だ。

 あくびを噛み殺し、うとうとしかけてははっと目を覚まし、期待をこめて離れに目をやる。それを数度繰り返したのち、ジェームズはソファに座ったまま深い眠りに落ちていった。


 ドアを見つめて待っているうちに、エミリーはいつしか寝てしまったらしく、気づいた時には朝だった。ジェームズは来なかった。明かりを点けた時間が遅すぎた? でも、ジェームズの部屋の窓にも明かりは灯っていた。なら、こちらの明かりを見たはずだ。やっぱり、もう私には興味がなくなったのかもしれない。涙が浮かびかけたけれども、エミリーは目元をこすって、それをこらえた。

 自分の気持ちは昨日確かめたでしょう? もう手遅れかもしれないけれども、何もしないで諦めたくはない。でも、ゆうべのようにただ待ち続けるのは耐えられなかった。自分から行動を起こそう。それにはまず――

 メイドのクララがノックをして、部屋に入ってきた。エミリーは今回、年明けまで休暇を取っていたが、休みの日もふだんどおりの時間に起きるようにしていた。そう伝えてあるので、クララが来たのはいつもと同じ時間だ。いつもと違うのは、休暇中らしく、朝食がここまで運ばれてくることだった。

「あの、ミセス・クララ?」エミリーは思いきって切り出した。

「クララとお呼びください」

「ええと、じゃあ、クララ、ちょっと訊きたいことがあるの」

 クララは眉をあげた。

「夜中に私が母屋へ忍びこむにはどうしたらいいかしら? おかしなことを訊くようだけど、悪さをしようというんじゃないのよ。ただ、その……」

 エミリーは口ごもり、顔を赤くした。

 クララは朝食のトレイをナイトテーブルに置き、エミリーの顔をまじまじと見てから、目をきらめかせた。

「旦那様のお部屋にお忍びになるんですね?」

 エミリーは真っ赤になった。

 クララはうんうんとうなずいている。「そういうことでしたら、このクララにお任せください」自分の胸をこぶしで叩く。「仕事漬けだった旦那様が、急に女性を連れてこられたでしょう? 驚きましたけど、ようやくいい人ができたんだってわかって、ほっとしてたんですよ。さあ、朝食をお召し上がりくださいまし。私は母屋の裏口の合い鍵を取ってまいりますからね」

 エミリーはぽかんとしてクララの背中を見送った。いつも無口なあのメイドのことが少し苦手だったけれど、今日のクララはまるで別人だ。

 クララはほどなく戻ってきた。

「さ、こちらが合い鍵でございますよ」エミリーに鍵を手渡し、裏口からジェームズの部屋までの道順を説明する。「もちろん、誰にでもお渡しするものじゃありませんよ。でも、あなた様は旦那様が連れていらっしゃったかたですからね。そんなことははじめてで」

 クララはエミリーが驚いているのに気づいて、ばつの悪そうな顔をした。「ああ、すみません、私はどうもおしゃべりで。うちの亭主にもいつも叱られるんですよ。だから、仕事中はあまりしゃべらないように気をつけているんですけどね」

 エミリーは笑みを浮べた。「私、おしゃべりなクララのほうが好きだわ」

「あら、まあ」クララはそう言って、表情を和ませた。「旦那様にはお幸せになっていただきたいんです。もともとこちらはウィルキンス家の別邸で、先代の大旦那様――ジェームズ様のおじい様がご隠居後に住んでいらっしゃったんですよ。でも、亡くなられたあとはどなたもお使いにならなくて。それで、数年前にジェームズ様のお父様がここを処分しようとなさいましてね。その時、ジェームズ様が、だったら自分が住むとおっしゃって、買い取ってくださったんです。小さな頃はよく遊びに来ていらっしゃっていたから、思い出がおありなんでしょうねえ。おかげで、私どもも路頭に迷わずにすみました」

 エミリーは屋敷の庭を駆け回る小さなジェームズの姿を想像して、口元をほころばせた。

 庭に目をやり、ジェームズの部屋の窓へ視線を移す。今夜、あの窓に明かりが灯ったら、私のほうから行こう。

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