#13 大人への階段をもう一歩

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エミリーは改めて、元婚約者との別れのいきさつをジェームズに打ち明ける。そうして話しているうちに、兄たちへのコンプレックスがあったと気づき、自分にも悪いところがあったと認める。


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 ジェームズと兄たちはすっかり意気投合したようだ。川の事故がきっかけになったけれども、今考えれば、それがなくともいずれは打ち解けていたのだろう。本音を言えば、エミリーとしても、ジェームズと兄たちが仲よくしてくれるのは嬉しかった。まるで本物の婚約者みたいに。

 クリスマスのあと、昼下がりには全員で居間に集まり、お茶を飲むのが日課になっていた。

 そんなふうに皆が集まっていた時、エミリーの携帯電話が鳴った。エミリーは表示画面を見て、顔をしかめた。またフィリップだ。

「どうした?」ジェームズが尋ねる。

「ううん、なんでもないわ」エミリーは通話拒否のボタンを押して、電話を背中に隠した。

「なんでもなくはないだろう」いつの間にかジェラルドが背後に回り、ひょいと携帯電話を取りあげてしまった。着信記録を見る。「フィリップ・バロウズ? なんだ、こいつは? こいつから毎日何度もかかってきている。つきまとわれているんだな?」

「あの、そうじゃなくて……」エミリーはしどろもどろになった。まさか本物の元婚約者だとは言えない。

 ジェームズにはぴんときたようだ。険しい顔でエミリーを見る。

 ジェラルドがジェームズをにらんだ。「おまえがついていながら、なぜこんなやつをのさばらせている?」

「今まで知らなかったんだ」ジェームズはむすっとして答えた。

 兄たちは新たな〝悪い虫〟への対処法を相談し始めた。エミリーにとっては見慣れた光景だ。私はもう子供じゃないのよ――そう言おうとして口を開きかけたが、その前にジェームズが片手をあげて、兄たちの言葉を制した。

「バロウズの名前には覚えがある。僕が手を打つ」

 兄たちはまじめな顔つきでジェームズを見つめた。

 ジェームズが三人にうなずき、兄たちもうなずき返す。それで話はついたようだ。

 ジェームズまで兄たちの連携術を覚えたの? エミリーがため息をつきかけた時、ジェームズが言った。

「エミリー、散歩に行かないか?」

 フィリップの話を聞きたがっているのは明らかだ。ジェームズの真剣な表情を見て、エミリーは改めて息を吐き、うながされるまま外に出た。


 フィリップ・バロウズ? ジェームズはむっつりとして冬の木立を歩き続けた。エミリーは黙ってついてくる。

 バロウズの名前ならもちろん知っている。ニューヨークの上流社会は、案外狭い世界だ。しかも、一族の長、チャールズ・バロウズは社交界の重鎮としても名高い。ウィルキンス家も家柄なら負けていないが、財力ではバロウズ家が上だろう。フィリップはそこの御曹司だ。ただ、上流社会から距離を置いてきたジェームズは、フィリップと面識がなかった。子供の頃には会っているはずだが、今では顔もわからない。さほど悪い噂は聞かないものの、かといっていい評判も聞かない。甘い言葉を吐くことと金を使うことだけが得意な坊っちゃんだろう。そういう男は山ほど見てきた。

 なぜエミリーがそんな男と? あの兄たち三人に会った今なら、その反動で甘い男に惹かれるのもわからないではないが……。しかし、ジェラルドたちがそんな男とエミリーの結婚を認めるわけがない。どのみち破談になっていたはずだ。そう考えて、ジェームズはふっと笑いを漏らした。

 エミリーがいぶかしげな顔でジェームズを見あげた。

 ジェームズは黙ってエミリーの手を握った。手をつないで歩くうちに、エミリーはぽつりぽつりと話し出した。

 仕事でチャールズ・バロウズと知り合ったこと。孫のフィリップを紹介され、チャールズの強い勧めで婚約したこと。フィリップに浮気され、婚約破棄を言い渡されたこと。

「『君はしっかりしているから、大丈夫だよね』ですって。今まで付き合った人たちは、みんなそう言って、離れていったわ。でも、その本当の意味は……」

 チャールズはどういう意味かと目で問いかけた。

 エミリーは悲しげに首を振った。「しっかり者だなんて、笑ってしまうでしょう? あなたにはひどいところばかり見せているもの。酔って、人間オークションに十万ドルも使ったり、川に落ちかけて、あなたに怪我をさせたり」

「エミリー、そんなことは――」

 エミリーはまた首を振った。「本当のことよ」遠い目で空を見あげる。「ニューヨークに出たあと、しっかりしなくちゃってずっと頑張ってきたわ。でも、よく考えてみると、ただ兄たちに認めてほしかっただけなのかも。もう小さな女の子じゃないんだって。結婚を決めたのも――母と兄たちを安心させたいなんて言ったけど、結婚すれば一人前になれるって思いがどこかにあったのかもしれないわ」

 あの兄たちでは仕方がないだろう。ジェームズは自分の兄のことも思い出していた。「気持ちはわかるよ」

「母は兄たちに早く妹離れしろと言っていたわ。でも、兄離れできていなかったのは私のほうみたい」エミリーはそう言って、地面を見つめた。「兄たちに比べたら、私にはなんの取り柄もないの。毎日こつこつ働いているだけ。意識していなかったけど、そういうつまらないコンプレックスで結婚を決めてしまったみたい。フィリップから婚約破棄されたのも当然よね」

 ジェームズは顔をしかめた。

 エミリーがそれを見て、言葉を継ぐ。「手を打つと言っていたけど、フィリップには何もしないで。今思えば、私も悪かったの」

 まさか、君はまだフィリップのことを……? ジェームズはその言葉を飲みこみ、足を止めて、エミリーを抱きしめた。

「君はよく頑張っている。僕は君の地に足の着いた生き方が好きだ。本当はしっかりしたところがあるのもわかっている。そのままでいてくれ」

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