#10 ヤドリギの下でキスするのは、クリスマスのルールです

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エミリーが婚約者を連れてくるから、と実家にはヤドリギが飾られていた。恋人同士がその下でキスをするのはクリスマスのルール。ふたりはそう言い訳して、そっと唇を重ねる。


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 予想どおりとはいえ、エミリーの兄たちはなかなか手強そうだ。聞いた話からすれば、歴戦のレーサー、特殊部隊の隊長、IT業界の革命児とタイプの違う難物が揃っていることになる。握手を求めた時、三人とも、手を握りつぶす気かと思うほどの力で応じてきた。

 あとからいそいそと出てきた母親はエミリーとよく似た朗らかな女性で、嬉しそうにジェームズを歓迎してくれた。ただ、ふと何かを見透かしたような目つきでエミリーとジェームズを見たのが気になった。もしかすると、一番の難関はこの母親なのだろうか。

 兄たち三人はそれぞれ帰ってきたばかりだったらしく、荷物を置きに部屋にさがっていった。

 ジェームズは居間に通され、エミリーと母親の用意するお茶を待っているところだ。ふいに悪友デイビッドのことを思い出し、苦笑いを浮べた。同じく思いどおりにならない男とはいっても、あの三人の兄に会ったあとでは、デイビッドのことがかわいく思える。まあ、いい。エミリーの婚約者として信頼を得るためなら、挑戦のしがいがあるというものだ。期間限定の婚約者だが――ジェームズはもう自分の気持ちを偽れなかった。僕はエミリーに惹かれている。近々、デイビッドに昼飯をおごってやるか。再び苦笑しかけた時、エミリーと母親がお茶とクッキーを持って戻ってきた。

「あの子たちがごめんなさいね」アイリーンと名乗った母親は、ころころと笑って言った。

「いえ、エミリーを大事にしているのがわかりましたから」ジェームズは言った。

「本当にねえ、愛娘って言葉はこの子のためにあるようなもので」

「ママ」エミリーは顔を赤くして、たしなめるように言った。

 アイリーンはかまわずに話を続ける。「何しろこの見た目でしょう? 寄ってこようとする悪い虫があとを絶たなくて。上の子たちが追い払ってくれるから、私も安心していられたんですよ」

 ジェームズはうなずいた。僕が兄でも同じようにしただろう。

「ニューヨークにやってからは心配のしどおしだったけれども、あなたがいてくれるなら、もう安心ね」

「はい」ジェームズはきっぱりと言った。そうだ、これからは僕がエミリーを守る。

「ママったら」エミリーが立ちあがり、助けを求めるように部屋を見回した。ふいに戸口の上で視線を止め、そっとジェームズを振り返って、ますます顔を赤く染める。

 ジェームズも戸口の上を見た。ヤドリギだ。思わずエミリーに目を移し、しばし見つめ合うことになってしまった。

 エミリーがはっとして目をそらした。「ママ? どうしてうちにヤドリギがあるの?」

「あら、婚約者を連れてくるというから、わざわざ飾ったんですよ。恋人たちのクリスマスにはこれがないとねえ」アイリーンは満足そうにうなずいている。

 エミリーはまたきょろきょろして、慌てたように言った。「でも、ええと、柊の実がないわ。クリスマスの飾りに必要なのはそっちよ。私、探しにいってくるわね」

「僕も行こう」ジェームズも立ちあがった。

 その時、三人の兄たちが戻ってきた。エミリーがまごつき、ちらりと戸口に視線を走らせたのを見て、三人揃ってそこへ目を向ける。全員が目を見開いた。

「なぜ、うちにヤドリギがある?」長男のジェラルドがつぶやく。

「エミリーが婚約者を連れてくると聞いて、私が飾ったと今説明していたところですよ」アイリーンが言った。

 ジェラルドはため息をついた。「母さん……」

「ああ、それから、ジェームズにはエミリーの部屋に泊まってもらいますからね」

 三人が一斉に口を開いた。

 アイリーンが片手をあげ、口々に発せられた文句をぴたりと止めた。「ここは私の家なんだから、私の言うとおりになさい。そもそも、うちには客間なんてないでしょう?」

 三人は不満そうだったが、ジェームズも片手をあげて、アイリーンに言った。「保護者だらけの屋根の下で、悪さはしないと誓いますよ」

 アイリーンはにっこりと笑った。「なら、話は決まりね」

 ジェラルドは苦虫を噛み潰したような顔で、ぶつぶつとこぼしている。「だから、新しい家くらい俺が買うと言っているのに……」

「ジェラルド、そのことは何度も話したでしょう? ヘンリーとの思い出がつまったこの家を捨てる気はありませんからね」

 話の流れから察するに、ヘンリーというのはエミリーたちの父親だろう。ジェラルドはなんとも言いがたい顔をして、ふいと部屋から出ていった。ハリーとエイダンは目を見交わし、ジェラルドのあとを追っていった。アイリーンはため息をつき、それからジェームズたちを見て、笑みを浮べた。

「クリスマスは明日だけど、今夜もごちそうにしますからね。あなたたちはゆっくりしてなさい」

 エミリーは眉間にしわを寄せて、兄たちの背中を追うように戸口をにらんでいた。母親の言葉を聞いて表情をゆるめ、ジェームズを見る。

「私、柊の実を探しに――」

「僕も行くよ」

 並んで戸口に向かい、そこでぴたりと足を止めた。ヤドリギの下だ。

 いつの間にか、ふたりは見つめ合っていた。ジェームズは身をかがめ、エミリーの唇にそっと唇を重ねた。本気でキスしたくなるのをこらえて、姿勢を正した。エミリーはジェームズを見あげている。

 ジェームズは目をそらして言った。「これは悪さには入らない。ヤドリギの下でキスをするのはクリスマスのルールだ」

 エミリーも目をそらして言う。「あの、私もそう思うわ」

 ふたりはまた見つめ合った。ジェームズはエミリーの両手を片方ずつ握り、再び身をかがめた。今度は、この唇をもっと味わいたい――エミリーは覚えていないかもしれないが、あの最初の晩にキスをしてからずっと、僕は心のどこかでそう願っていたのかもしれない。

 エミリーの息がジェームズの唇にかかった時、玄関の外からパチッと大きな音が聞こえた。ジェームズは慌てて体を起こし、手を離した。顔をしかめ、つかつかと玄関まで行って、ドアをあけると――

 兄たち三人が外で焚き火をしていた。エミリーが来て、外をのぞいた。

「何をしているの?」

「ああ、栗を焼こうと思ってな」ジェラルドが言う。

「栗? 嬉しい!」

 エミリーは顔を輝かせた。

 栗? 「この時期に採れるのか?」

「採れるさ」ジェラルドはにっと笑った。

 どこの地の果で採れたものやら。エミリーのために、わざわざ取り寄せたのは明らかだ。それにしても、ジェームズはエミリーの好物さえ知らない。思わず眉をひそめた。

「先に柊の実を探してくるわね」エミリーが言った。

「どこに?」とジェラルド。

「川の近くに生えていたはずよ」エミリーは浮き浮きと歩き始めた。

 ジェームズはそのあとをついていった。なぜか、兄たちもついてくる。

 十分ほど歩いた時、川が見えてきた。川沿いにはまだだいぶ雪がつもっている。なるほど、柊の葉も見えるが、急な土手の真ん中あたりに生えていた。エミリーは雪に膝をつき、そちらに手を伸ばした。

「エミリー、危ないから、僕が――」

 その時、エミリーの体ががくっと沈んだ。雪に滑ったのだ。ジェームズはとっさに飛び出していた。エミリーの腕をつかみ、体ごと投げ飛ばすほどの勢いで、後ろにぐいっと引いた。

 体勢を崩しながらも、どうにか振り返った時、いつの間にかそばに駆けつけていたジェラルドが、エミリーを抱きとめたのが見えた。ほっとした瞬間、ジェームズは真冬の川に落ちていった。

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