#3 変身……したのはいいけれど

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エミリーは勢いでドレスを購入し、きらびやかに変身する。着飾ったままなりゆきで入ったクラブでは、セレブばかりのパーティが開かれていた。本日の目玉は――人間オークション?


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 これまで入ったこともない高級ブランド店。勢いで入ったものの、ほしいものがあるわけではなかった。エミリーは場違いな自分の服に気づいて、はやばやと悔やみ出した。しかし、すぐににこやかな女性店員が近づいてきて、他愛もないおしゃべりを始めてくれた。

「パーティにいらっしゃるんですか?」アマンダという名札をつけ、栗色の髪を軽やかなショートカットにした店員は、エミリーの緊張がほぐれたのを見て取り、そう切り出した。クリスマスから新年にかけてのこの時期はパーティシーズンでもある。

「ええ、まあ」エミリーは曖昧に答えた。

「でしたら……」アマンダはエミリーのスリーサイズを確かめるように、全身をさっと目であらため、力強くうなずいた。「お客様にお勧めのものがあります」

 アマンダが持ってきたのは、白のドレスだった。白というよりもパールの色合いに近く、かすかに光沢がある。デザインはシンプルだ。背中は大胆に開いているが、上品で、エレガントな印象を与える。試着してみて、アマンダの見立てが正しかったことがわかった。サイズはぴったりで、細身の体型、ブロンドの髪、青い目、白い肌が引き立っている。アマンダはほうっと吐息をついた。

「とってもお似合いです」

 ふとウエディングドレスを連想し、エミリーの胸がちくりと痛んだ。でも、どうせ着そびれたのだから、今日着てもいいかもしれない。エミリーが小さくうなずいたのを見て、アマンダはコートや靴、バッグやアクセサリーを選び始めた。なぜかエミリーよりも浮き浮きしたようすで、腕まくりでもしそうな勢いだ。それを見ているうちに、エミリーにも少し元気が出てきた。もとより、きれいなものは大好きだ。一緒になって、ドレスに合う品を選び、一式揃える頃には、アマンダとすっかり意気投合していた。常連になれないのが残念なくらいだ。会計で示されたのは目が飛び出るほどの金額だった。それを支払ってもなお、まだ十万ドル以上残っているけれども、本来は高級ブランド店に足繁く通えるような身分ではない。

「パーティは今夜ですか?」アマンダが尋ねる。

 エミリーはまた曖昧にうなずいた。

「では、あとはヘアメイクですね。ご予約を入れましょうか?」アマンダはそう言い、有名な美容院の予約まで取ってくれた。

 セレブ御用達と言われるその美容院は、飛びこみで入れるような店ではないが、そこは高級ブランド店の力だろう。これからすぐに行っても大丈夫だという。エミリーは心からお礼を言い、名残惜しい思いで店を出て、美容院に向かった。そこで〝変身〟の最後の仕上げを施してもらった。髪も、メイクも、派手ではないのに華やかで、まさに一流の技だ。新しいドレスを着て、きれいにヘアメイクされたエミリーは、まるで自分ではないように見えた。

 劇的な変化にぼうっとなったまま美容院を出たエミリーだったが、着替えを入れたボストンバッグをコインロッカーに入れたあと、ふわふわした気分はすぐにしぼんでしまった。着飾ったのはいいけれども、これからどこに行くの? 行く当てなどない。日はすっかり暮れている。モリーはもちろんのこと、クリスマス・シーズンの土曜の夜に、暇を持て余していそうな友達にも心当たりがなかった。

 昨日まであんなにきらめいていた夜の街は、急にその輝きを失ったように見えた。結局、当てもなく街を歩き回るしかなかった。本当なら、今日はアンティークショップめぐりをするはずだった。新居の家具をひととおり揃えたばかりで、次は装飾品だと意気ごんでいた。壁には何をかけようか、棚には何を置こうか、と。その家具ももうない。目に涙がにじみかけたが、エミリーは慌ててまばたきをして、顔をあげた。その時、自分がきらびやかな集団に紛れこんでいることに気づいた。

 まわりの集団は全員が女性で、エミリーと同じく、誰もが着飾っている。そのうちのひとりが話しかけてきた。

「いいドレスね」コートの内をのぞきこみながら言う。

 同じように着飾っているから、仲間だと思われたらしい。

「ありがとう」

「〈ニックス〉に行くのは久しぶりじゃない?」エミリーを仲間だと勘違いした女性は、そのまま話しつづけた。

「そうね」エミリーは思わずそう答えていた。私、いったい何を考えているの? 仲間でもないし、〈ニックス〉なんて行ったこともない。何気なく集団の顔ぶれを見回すと、どことなく見覚えのある女性がいた。ひときわ背が高く、スタイルがいい。長いストレートの黒髪、はっきりした目鼻立ち、真っ白な肌。芸能にうといエミリーでも知っている。確か、トップモデルの……名前はなんだったかしら? とにかく、この集団はセレブのパーティマニアたちだろう。有名人やどこぞのお嬢様ばかりに違いない。エミリーは苦笑いを浮べた。大金持ちのお坊ちゃまと別れたばかりなのに、大金持ちのお嬢様たちに囲まれてどうするの?

「今日はチャリティ・イベントだけど、けっこうおもしろそうよ」先ほどの女性がまだ話している。

「楽しみね」エミリーは調子を合わせた。馬鹿みたいな状況だが、どうにでもなれという気分だった。どうせ行くところはない。このままついていってもかまわないでしょう?

 〈ニックス〉は有名なクラブだ。店の前には人の列が出来ていたが、モデルを先頭にした集団はさすがにVIPらしく、全員が顔パスだった。エミリーもそれに紛れ、すんなりと中に入れた。

 驚くほどきらびやかで広い店内に、大きなステージがしつらえてある。そこには〝子供の人身売買反対〟と掲げられていた。しかし、店の中をうろついているのは、ゴージャスな装いの若者たちや、業界風の人たちばかりで、そういうことを真剣に考えているようには見えなかった。

「ねえ、今日の目玉は人間オークションなんですって。クールじゃない?」ぴったりとした黒のエナメルのオールインワンに全身をつつんで、目のまわりを真っ黒にメイクした女性が、けだるい雰囲気で話しかけてきた。

 その〝人間オークション〟の売り上げが寄付されるのだろう。でも、人身売買に反対するためのチャリティ・イベントに人間オークション? しゃれのつもりだろうか。エミリーは小さく首を振った。お金持ちの考えることはよくわからない。

 賑やかな店内で、エミリーはそっとため息をつき、カウンターに並んだシャンパンのグラスに手を伸ばした。ふだん、お酒はあまり飲まない。すぐに酔ってしまうからだが、今日はもうヤケだった。気づけば、ふわふわした気分がまた戻ってきていた。飲みすぎてしまった? 私、酔っているの? 音楽に乗って、揺れるように踊っているうちに、まわりの人たちの会話が聞こえてきた。今日オークションにかけられるのはものすごくハンサムな男性らしい。名前はまだ伏せられているようだ。

 誰だろうと、人間オークションなんて馬鹿馬鹿しい。そう思いつつも、職業病なのか、オークションの開始時間が迫っていると聞けば、つい前に出ていかずにはいられなかった。

 エミリーはふらふらとステージのほうに足を進めていた。

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