第96話 ある朝のモーニングルーティーン②

「うし、こんなもんかな……?」

 腕に装着する腕時計を見ると、走り出してから15分が立っていた。

 こっから来た道を戻るとちょうどいい時間帯になるはずだ。

「戻るか」

 一旦止まって、靴紐を結び直す。

 そして走り出そうとしたとき、ふと近くのコンビニに視線が向かう。

「あ……」

 そのコンビニには、新商品のモンブランの販売を知らせるのぼりが立っていた。

 別に健太はモンブランのことが特別好きではないのだが(というか食べたことがないのだが)、数日前にテレビで宣伝が流れたときに鈴音が物欲しげな表情をしてじっとその画面を見ていたのだ。


 そんなことを思い出していると、いつの間にかのぼりの前にまでやってきていた。

『濃厚マロンクリーム×サクサクタルト=最強』というキャッチフレーズとともにモンブランのおいしそうな写真がのってある。

 モンブランが好きではない俺ですら食べたくなるようなビジュアルをしているのだが、その下に小さく書かれてある文字に、俺は釘付けとなった。

 11月29日まで――


「11月29日って……」

 気になった俺は手につけていた腕時計で今日の日付を確認してみる。

 ――11月29日(月)

「……今日じゃん」

 そう、このモンブランの販売日は今日までだったのだ。

 そして今まですずが家でこれを食べていたのを見た覚えはない。

 もしかしたら販売日が今日までということを知らないかもしれない。

 そう考えると、無意識に俺は店に入ってお目当てのモンブランを手に取ると、レジに向かった。

 のどが渇いたとき飲み物を買うために持ってきていたお金からそれを一個購入し、店の外に出る。


 すずの顔がふと目に浮かんだ。 

 帰って喜んでくれたらいいな。

 手に持った袋に入ったモンブランを見ながらそう思う。

「よしっ!早く変えろう!」

 そう意気込んで走り出す――いや、走り出そうとした。

 が、

「あっ」


 俺は気がついた。

 ここは家から走って15分のところにあるということ。

 そして、モンブランを持っている以上、普通に走るのは無理だということを――

                  ◇◇◇

「ふぅーっ、やっと帰ってこれた…」

 結局走るわけには行かず、速歩きをせざるを得なかったので予定の倍の時間がかかりながらもどうにか帰ってくることに成功した。


 予定より遅れてるんだから、ぱっぱとシャワーを浴びないとな……と心のなかで独りごちながら玄関を開ける。


 すると、何故かそこにはすずが立っていた。


「あー、ただいま。ごめんね、ちょっと遅くなって」

 帰りが遅くなったことについてなにか言われると思った俺は最初に謝る。

 朝ごはんの時間などもあるから遅くなることは好ましいことではないのだ。

 しかし、そう考える俺とは対照的にすずは優しい声で言った。

「ううん、気にしなくていいよ。事故にあったんじゃないかなって心配したから次からはもう少し早めに帰ってきてほしいけどね」

「う、うん。気をつけるね。」

 そうだ、俺の婚約者は優しかったのだ。

 言い方は悪いがこんなことでは腹を立てたりはしない。

 でも、だからこそ、そんな婚約者すずを不安にさせたらいけないな、と改めて思うのであった。

                  ◇◇◇

 シャワーを浴びて制服に着替えた俺は必死の思いをしながら持って帰ってきたモンブランをすずに渡すのを忘れていたことに気がついた。


 それを持ってすずの待つリビングに向かう。

 リビングに入ると同時に味噌のいい香りがほわ~んと漂ってくる。

 その香りのもとをたどると制服の上にエプロンを付けたすずがこちらを見て微笑んでいた。

「味噌汁注ぐから食卓台に持っていってくれる?」

「了解」

 エプロンを付けているすずはなんというか破壊力がやばいのだが、すずに素直に可愛いということができるほど、心に余裕のない俺は黙って、言われた通りに配膳を進める。

「じゃ、食べよっか!」

 配膳が終わりすずが席につき、笑顔ですずが行ったところで俺はすっとコンビニのレジ袋を取り出した。

「あのーこれ、今日朝ごはんを作ってくれたすずへの差し入れなんだけど……」

 そして俺はモンブランを取り出した。

 すると怪訝そうな顔をしていたすずの顔が、ぱぁっと明るくなったのがわかった。

「え、なんで⁉私言ったっけ⁉」

「いや、前にCM見てたときに目がキラキラしてたから食べたいのかなぁって、そしたら販売期限が今日までだったからとりあえず買ってみた」

「え、今日までだったの⁉危なかった〜!本当にありがとうね‼」

 すずは最高の笑顔でこちらに笑いかけてくる。

 そんな顔を見ていたら自然に心の声が漏れ出してしまっていた。

「……かわいい」

「ふぇっ⁉」

 ――あっ、言っちゃった…

 先程心に余裕がないから言うことができないと言った俺だったが、心から自然に漏れ出したのなら言えるらしい。



 なお、その後すずが顔を真っ赤にしてジタバタ暴れまわったのは言うまでもない。

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