第89話 掌の上

「うわー…すっごい大きいね…」

「だな…」


 電車を乗り継いでやってきたのは都心にある大型家電量販店である。

 ここで、これからの生活で使う家電を買うことになっていた。


 そんなわけですずと同棲を始めてはじめての外出デート。

 この日がやってくるのを楽しみにしていたわけだが、あまりにも大きく、そしてあまりにも沢山の人がいる建物を目の前にして二人揃って呆然としてしまう。


 都会のはずれに住んでいる俺とすずを圧倒するには十分だった。


 しばらく口をポカーンと開けていた健太だったが、ずっとこうしているわけには行かないと思い直し、すずの手をそっと取る。

 するとフリーズ状態だったすずが驚いたようにこちらを見て目を見開く。

「ああいや、ほら、はぐれたらいけないからさ?手を繋いだほうがいいかなーと思ったんだ…」

 そんなすずの反応を見て、なんとなく言い訳を口にした。


 しかしそんな反応を見たすずは見開いた目を細めてクスクスと笑いだした。

「なんで笑うんだよ!」

「だって私達付き合っている上に婚約しているんだよ?しかも、さっき電車の中で恋人繋ぎまでしたのにさ!健太くんがおかしいからさ」

「うるさい…」

 改めて言われると自分が言い訳したことが当たり前のことのように思えてきて少し恥ずかしくなる。

 そしてそれを悟られたくないために首をすずの方向から反対に向けてそっぽを向いた。


 ただ、その反応をすずが見逃してくれるはずもなく、

「健太くん、今絶対照れたよね!絶対に照れてるよね⁉」

「……違うし!バーカ!」

「あーなるほどね、そういうことか……」

「?」


 何かを一人で納得した様子のすずの方向を向いてみる。

 一体何をするつもりなのだろうか。

 そう思っていると…


 ――ギュッ

「健太くんはさっきの電車の中での感覚が忘れられなかったんだよね?恋人繋ぎがもう一回したかったから私にわざわざ聞いてくれたんだよね?」

「ッ〜〜!」

 慣れたてつき俺の指の間に自分の指を絡めてくるすず。

「違っ!みんな見てるからやめてよ!恥ずかしいじゃん!」

「いや、なの?」

「え?」

「私と恋人繋ぎするのは、いや…?」

 急に声のトーンを変えて上目遣いをしながらすずは俺に聞いてくる。


 そんなことをされちゃ…

「……全然嫌じゃないです。」

「良かった!じゃあ私の手をちゃんと握っててね!」

 ニコッ!と笑いながら言ってくるすずに、俺は苦笑いをしながらもうなずくのであった。

 

 まるですずの掌の上で転がされているみたいだ。

 まあ、悪い気はしないのだが。__________________________________________________________________

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