第84話 香川家と森下家

 ★本編に戻ります。★


「なんでここにいるの⁉」

 中に入った個室の中に俺の両親がいて俺は面食らいながらも、そういった。

 今、俺はすずの家族と夕食を食べに来ているはずだ。

 にもかかわらずなぜ俺の両親がいるのか、納得してくれというのも無理な話だろう。


 それはすずも同じだったようで「え、えっ?」と見事なまでに挙動不審になっているのであった。


 パッと孝則さんと良子さんをみると、両者曖昧な笑みを浮かべている。


 こうして、先程の初顔合わせのときと同じように、またもやカオスな空間となってしまうのであった――

          ◇◇◇


「実はここで森下さんのご両親と私達、そしてあなたたちのみんなで夕食を取るというのは健太くんが来る前から決まっていたことなの。」

 このままカオスなままでは何も始まらないと思った、俺とすずが席に座りみんなが飲み物を注文し終わったことをきっかけとして、良子さんはこう話し始めた。

「「えっ――」」


 しかし、何も聞かされていない俺達にはあまりにも突拍子がないことで、驚いて言葉を失ってしまう。


 真意を探るように、良子さんを探るようにみる。


 今日一日中、上品な笑顔の中にも面白がっている様子を見て取れていた良子さん。


 しかし、俺が見た時、一見先程までと変わらない笑顔の中に緊張の色が混ざっているのを見て取ることができたのだった。


「っ」

 そんな様子をみて俺は身構えてしまう。


 なにかとてつもないことを言われるのではないか、と。


 そこまで考えて、様々な可能性を考慮してみる。

 ――あなた達には悪いのだけれど、別れてもらいます。

 ――私達家族は来週引っ越すので、あなたと鈴音は交際を続けることができなくなります。

 ――お前に娘はやらん!


 どれだけ考えてもいい結果になる未来は予想できない。

 そして、俺の想像しうる未来はすべて、俺とすずがすぐに別れなければならないものだった。


「健太くん、鈴音。落ち着いて聞きなさい。」

 先程までのチャラチャラした声と打って変わって固くなった声質に俺はこの予想が間違いではないのだと、確信してしまう。


 それはすずも同じだったようで

「う、うん」

 と若干気圧されているように返事をした。


「あなた達には、今日を以て」


 一瞬、場を静寂が支配する。

 俺は息を呑む。

 良子さんが息を一つ吸う。

 そして、良子さんは力強く言葉を発した。

「同棲してもらうことになりました!」








 ん?

 え、あ、は、ん?


「いやいやいや!なんでぇ⁉」

 10秒ほどフリーズしてから、俺は素っ頓狂な声を出す。


 すずをみると、まだフリーズしている。

 多分まだ理解が追いついていないのだろう。


 しかし、そんな俺達を見ながらも、なんてことはないように話していく良子さん。

「何をそんなに驚いているの?だってあなた達付き合っているのでしょう?」

「まぁ、はい。お付き合いはしていますけど…」

「付き合ったら、その次のステップは同棲でしょ?」

「いや違う!いや、違わないけど違うんじゃないですかねぇ⁉」


 自分でも何を言っているのかわからないがしょうがないだろう。


 この状況で、冷静に話せという方が無理な話である。


「そんな事言わずに!だって、あなた達、将来結婚するんでしょう?じゃあ、同棲する時期が少し早くなっただけじゃないの!」

「少しじゃないんだよなぁ…」


 だんだん受け答えをするのが疲れてきた俺は力なくつぶやく。

「少しの定義なんて人それぞれよ?ねぇ、鈴音。あなたはどう思う?」


 俺と話していたら埒が明かないと思ったのか、一回良子さんはフリーズしている鈴音に声をかける。


 その声でフリーズから溶けたすずはのろのろと席を立ちながら

「わかんないよぉ。ちょっと外で頭冷やしてくる。」


 と言って、個室から出ていってしまった。


 そんなすずを俺も追おうとして席を立とうとすると、俺の父さんから声がかかった。

「健太。座りなさい。」

「でも!すず…鈴音のこと一人にしたくないし…」

「あの子なら大丈夫だ。昔からあの子は混乱すると一人になりたがるんだ。だからこうなることを見越して、ここの店主の人に鈴音に危ないことが起こらないよう監視するように頼んであるんだ。それより健太くん。君にだけ話しておきたい話があるんだ。」

 孝則さんがそう言ってから姿勢を正す。


「あのね――」

 そこで、先程なぜ良子さんがあんな表情をしていたのか、それを知ることになるのであった。

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