第85話 本音

 個室から出ていったすずを俺も追おうとして席を立とうとすると、俺の父さんから声がかかった。

「健太。座りなさい。」

「でも!すず…鈴音のこと一人にしたくないし…」

「あの子なら大丈夫だ。昔からあの子は混乱すると一人になりたがるんだ。だからこうなることを見越して、ここの店主の人に鈴音に危ないことが起こらないよう監視するように頼んであるんだ。それより健太くん。君にだけ話しておきたい話があるんだ。」

「話しておきたいこと?」

「ああ」

 孝則さんがそう言ってから姿勢を正す。


「あのね、実は僕達夫妻は仕事の関係で海外に引っ越すことになったんだ。」

 「え…」

「と言っても一年くらいのことでずっとではないんだけどね。ただ…」


 そこまで言って、目の前に置かれたお冷に口をつける。


 それを静かに置いてから、


「鈴音は勉強が他の人より話せるとは言っても、飲み込みが早いわけではない。むしろ遅いんだ。努力で補っているから他の人から見たら分かりにくいかもしれないけど、家族の僕達はわかる。」


 ふと、俺は出会って間もなくして行ったテスト勉強会での鈴音を思い出す。


 英語や社会のような文系科目は得意だったが、数学や理科のような理系科目は最初は全然できていなかった。

 でも、テスト勉強会で俺がちょっと教えただけでクラスで5番目の成績を取ったのだ。


 当時は才能があるのかな?と思っていたが、今の話からすると、家でひたすら問題を解いて定着させたのだろう。


 そんなところがすずらしい。


 が、しかし。


 今の話と、孝則さんが海外に行くことのどこに関係があるのだろうか?


 密かに首をかしべていたところ、孝則さんが話を続ける。


「で、今から僕たちが行くところはカンボジアなんだ。カンボジアって実は英語能力指数っていう数値が低いんだ。」

「英語能力指数?」

「その国でどれだけ英語が通じるかっていうのを数値化したものだよ。基本的に英語は通じないと思っていい。」

「なるほど。」

「ここでさっきの話に戻るけど、鈴音は飲み込みが悪いから未知の言語に慣れるのには時間がかかると思うし、それだけストレスがかかる。最近まで大きなストレスを抱えていた鈴音にそのストレスを受け入れさせるのは酷だと思うだろ?」

「まあ、確かに。」

「急な話で申し訳ないのだが、私たち夫婦からのお願いだ。どうか、娘と同棲してくれないだろうか?」


 そう言って深々と頭を下げる孝則さんと良子さん。




 どう考えてもぶっ飛んでる。

 そもそも俺とすずを同棲させなくても遠くに住んでいるらしい(鈴音談)親族のところとかに行けばいいわけだし、そもそも高校生なんだから一人暮らしだってできるはずだ。

「わかりました。同棲させてください!」

 ―――理屈では。


 でも、今はそんな事を言ってられないのだ。


 他の親戚がこの周辺にいなかったら結局鈴音は違う地域に引っ越すことになる。

 そうしたら、カンボジアに行くよりはマシだろうが、ストレスを抱えることは避けられないだろう。一人暮らしに関しては、前に襲われた時すずは家で一人だったのだ。

 その犯人はもう捕まったとはいえこんなに不安なことはないだろう。


 つまり、消去法でこれしかないのだ。


 こうして、俺が了承したことで、トントン拍子で事が進み、すぐに俺とすずは新居に引っ越したのだった。

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 ということで、デレデレ同居編、スタートです!

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