年越し緑のたぬき

青西瓜(伊藤テル)

年越し緑のたぬき

 妃花の寝顔を見ていると、このまま俺も眠ったほうがいいのかな、と思っている。

 年越しの時間には2人で起きていよう、とハシャイでいた妃花だったけども、もう妃花がこたつの中でぬくぬく寝ているのならば。

 さて、ベッドから毛布を持ってきて、妃花に掛けてから、俺も寝るかな、と思って立ち上がった瞬間だった。

「どこ行くの!」

 妃花が急に叫んだ。

 俺は妃花のほうを見ながら、

「起きたのかよ」

 と言うと、妃花は首を激しく横に振ってから、

「寝てない!」

「いや寝ていたから、というかほら、妃花、ヨダレすごいから」

 俺が妃花の周りに溢れた寝ヨダレを指摘すると、妃花はそれらを服の袖でゴシゴシしながら、

「寝ていないし、ヨダレも出ていない! 砂漠の歩き始め!」

「元気なサラサラだと言いたいのかよ、それなら袖の動作やめろよ」

「袖は何も動いていない! 絵画! 絵画だから袖は!」

「オマエの袖は絶対絵画じゃないだろ、絵画でヨダレ拭いたらダメだろ」

「だからヨダレなんか出ていないんだって!」

 と妃花は頬を膨らませた。

 まあ妃花は一度言い張ったらもう止まらないから、いいか。

 別に目くじら立てるような話でもないし。

 それよりも俺は、

「妃花、眠いならベッドで寝たほうがいいぞ」

「ううん! 全然眠くない! まるでちょっと寝たあとみたいに元気!」

「まるでじゃぁないんだよ、事実なんだよ。まあいいか。じゃあこれから妃花は起きているんだな」

「当然だよ! 起きてたし!」

 そう拳を強く握って語気を強めた妃花。

 まあまあそれはいいかと思いつつ、

「妃花、何か飲み物飲むか?」

「じゃあ炭酸で! ありがとう! 寝起きに飲み物勧める男はイケメンだ!」

「いや寝起きってもう言っちゃってるじゃん」

 そうツッコミながら、俺は冷蔵庫からサイダーの缶をとってきて、妃花に渡しながら、俺はこたつの中へ座った。

 ふとテーブルを見ると、ヨダレはティッシュで拭かれていた。

 いや袖じゃ足りませんでしたじゃぁないんだよ。いいけども。

「いやぁ! イケメンとの年越しは楽しみだね!」

 サイダーの缶を持ちながら、手を楽し気に振った妃花に、俺は、

「ちょっと妃花、サイダーの缶を振っている状態になっているぞ。気を付けて開けろよ」

「これくらい平気だって! サイダーだってこらえるんだよ!」

 と言いながら開けると、案の定、炭酸が吹き出した。

「わぁぁぁあああ! 短気のサイダーだったぁぁぁあああ!」

「我慢が足りないサイダーだったじゃぁないんだよ、サイダーにこらえるという概念無いんだよ」

「むしろ飛び出したい生き物だったんだね……」

 サイダーまみれになって、情けない表情をする妃花に、俺はすぐさま立ち上がり、洗面所でタオルを少し濡らして絞ってから持って行った。

 こたつの布団で拭かれても困るし。

 妃花はタオルで顔を拭くと、やたらサッパリした表情をしながら、

「生き返るぅ! スポーツ飲料ちょうだい!」

 と叫んだ。

「いや運動後の雰囲気じゃぁないんだよ、何の運動もしていないんだよ」

「じゃあ運動する!」

 と言って急に立ち上がった妃花は、こたつの前の床で変なステップを踏み出したので、

「ちょっと、急にハシャぐなよ。妃花は1回寝た身なんだよ」

「だからこそ! だからこそ元気! ぽぽぽぽぽぽーん!」

「もう寝たことはオフィシャルで、じゃぁないんだよ」

「そう! 私は1回寝たの! そして手に入れた鋼鉄の体!」

「1回死んでサイボーグになったヤツの台詞じゃぁないんだよ、ちょっと、マジで騒ぐなって」

 と俺が立ち上がって止めようとした時だった。

 妃花は何かに足を滑らせ、よろけて、転びそうになったのだ。

「妃花!」

 俺は叫びながら立ち上がり、一歩踏み込んでから、手を伸ばし、なんとか妃花を掴んだ。

「何それ、イケメンじゃん」

 と言いながら笑った妃花。

「いや妃花がイケてなさすぎなんだって」

「私もう、転んだら『受験生ゴメーン!』と思ってたよ」

「私がそうなったらこうでしょ、じゃぁないんだよ。妃花の動作は受験生と連動していないから大丈夫だよ」

 妃花はゆっくり座りながら、

「はーっ、危ないね、足汗って」

「いや足汗で転びそうになるなよ、汗は自分を守るモノであれよ」

「なかなか難しいよね、でもあれかな、足汗じゃなくて運命の赤い糸が絡まったから転んじゃったのかな?」

「メルヘンに逃げ込むんじゃぁないんだよ、最初に自分で足汗と思ったら足汗だよ」

「そっかぁ、だよねぇー」

 そう言って溜息をついた妃花に、俺は時間を見ながら、

「そろそろ年越しそばでも作るか」

 と、こたつの上に置いていた緑のたぬきを掴んで、妃花のほうにも一個渡した。

 妃花はニコニコしながら、

「ついにこの時間まできた! よーしっ、年越すぞぉ!」

「じゃあお湯は俺が入れるから、何か今の妃花、ヤバそうだから」

「イケメンじゃん、じゃあイケメンついでに粉末スープも入れて」

 粉末スープも怖いです、じゃぁないんだよ、と思いながらも俺は妃花の緑のたぬきを開けて、粉末スープを入れた。

 緑のたぬきは一個ずつ掴んで、ポットの前へ行き、お湯を入れようとしたその時に、妃花が、

「そのお湯、新品っ?」

 と聞いてきたので、俺は、

「お湯に新品という概念あんまり無いし、今日の昼に入れた水だよ」

 と答え、2人分のお湯入れを完了し、またこたつの中に座った。

 あんなに騒がしかった妃花が急に黙って、じっと緑のたぬきを見ているので、いきなり初期化しましたじゃぁないんだよ、と心の中で突っ込んだ。

 いや、というか、

「妃花、そんなに緑のたぬきを見ても、2分で食べられるとかないから」

「熱視線で早くなったりしないかな」

「お湯は100度が限界だから」

「でも負けない!」

 そう言った妃花は時折、フタをちょっと開けて、箸で中の麺を食べ、小声で「まだ硬いなぁ」とか言っていた。

 いやそうやってフタを途中で開けるほうが熱関係良くないだろ。まあそんな指摘はいいか。

 3分経ってから俺はフタを剥がすと、すぐさま妃花もフタを剥がし、

「ほら! 私があとから剥がし始めたのに、私のほうが早く剥がし切った!」

「そんな勝負はしていないから」

 俺と妃花はそんなことを言いながら、緑のたぬきを食べ始めた。

 しみじみうまいと思っていると、妃花が、

「おいしぃ! 緑のたぬきの和風だし最強だよね!」

 と言ってきたので、俺はすかさず、

「まあ赤いきつねの和風だしも強いから、まあ二強だな」

 と答えると、妃花が何か思いついたような表情をしてから、こう言った。

「私たちならさ! 運命の赤い糸ならぬ運命の赤いきつねにすれば良かったんじゃないかなぁ? おあげだし!」

 いや

「おあげのような甘い関係じゃぁないんだよ」


(了)

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年越し緑のたぬき 青西瓜(伊藤テル) @akiuri_ugo5

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