第114話 最新鋭戦艦

 距離三八〇〇〇ヤード余で日本艦隊が砲撃を開始したとの報告を受けた時、リー提督は思わず苦笑を漏らした。

 おそらく日本の指揮官、伊藤中将は三五〇〇〇メートルで砲撃を開始するよう命じたのではないか。

 だが、日本のそれよりも明らかに進んだMk.13FCRを装備する米戦艦といえどもさすがにその距離で命中弾を得ることは至難だ。


 「命令に変更は無い。距離三三〇〇〇ヤードで砲撃を開始せよ」


 レーダーオペレーターと見張りの両方の話を総合すれば、日本艦隊は砲撃を開始する一方で彼我の距離を詰めにかかっているという。

 いささか逆説的だが、日本の指揮官もまた三五〇〇〇メートルという遠距離で命中弾を得るということには懐疑的なのだろう。

 そして、こちらもまた日本艦隊への接近を図っているから、自分たちが設定した砲戦開始距離に至るまでにはさほど時間はかからないはずだ。


 そう考える一方でリー提督は今年初めに生起したレイテ沖海戦のことを思い出している。

 同海戦ではリー提督が座乗する「ニュージャージー」は「大和」との一騎打ちに敗れ、四六センチ砲弾を散々に撃ち込まれ撃沈された。

 幸いだったのは、致命傷を被ってなお「ニュージャージー」がよく持ちこたえ、多くの乗組員が脱出する時間を稼いでくれたことだ。

 自身を含め、その時の将兵の多くが現在「モンタナ」に乗り組み、再度「大和」型戦艦に挑む機会を得た。

 レイテ沖海戦では観測機が使えない不利な状況の中でさえ「ニュージャージー」は「大和」に勝る数の砲弾を浴びせたはずだった。

 だがしかし、「大和」は多数の四〇センチ超重量弾を食らいながら、それでもさほど参った様子も見せずに最後まで砲撃を継続した。


 その化け物に対して「モンタナ」級戦艦がどこまで通用するのか。

 最初はそのような疑念を抱いていたリー提督だったが、しかし実際に同艦に乗り組んだことでそのようなものはすでに払拭されている。

 「モンタナ」級戦艦は四〇センチ砲を一二門装備しており、従来の「アイオワ」級戦艦や「サウスダコタ」級戦艦、それに「ノースカロライナ」級戦艦に比べて単純な砲門の数で三割以上優越している。

 だが、なにより大きいのは射撃管制レーダーが従来のMk.8 FCRからMk.13 FCRに更新されたことだ。

 FCRの性能と信頼性が大きく向上したことで「モンタナ」級戦艦はレイテ沖海戦のときの「アイオワ」級戦艦よりも遥かに強大な戦力を持つに至っている。

 FCRについては、「イリノイ」や「ケンタッキー」、それに「サウスダコタ」や「インディアナ」といったレイテ沖海戦の生き残りにもまた同様の措置が講じられている。

 近代戦闘における電子戦装備の優越は決定的とも言えるアドバンテージだ。


 それと、攻撃力もそうだが、防御力もまた同様かあるいはそれ以上に向上している。

 「モンタナ」級戦艦は「サウスダコタ」級戦艦や「アイオワ」級戦艦と同様に四〇センチ砲対応防御をうたっている。

 しかし、「サウスダコタ」級戦艦や「アイオワ」級戦艦が旧式の一トン弾対応なのに対して「モンタナ」級戦艦は一・二トン強のSHS対応のそれだ。

 その強靭な装甲は「大和」が放つ四六センチ砲弾に対しても相当な抗堪性を発揮してくれるだろう。

 船体を構成する構造用鋼もまた「アイオワ」級戦艦と同様に装甲に準じた働きが期待できる高性能のものであり、応急指揮装置もこれまでの戦訓を反映した最新のものが装備されている。

 攻撃力にこれら防御力を加味すれば、「モンタナ」級戦艦の戦力はレイテ沖海戦時の「アイオワ」級戦艦の二倍近くに達するはずだ。


 不満なのは「大和」型戦艦が七隻なのに対して「モンタナ」級戦艦が五隻しかないことだが、しかしその穴は「イリノイ」と「ケンタッキー」、それに「サウスダコタ」と「インディアナ」のそれぞれ二隻の「アイオワ」級戦艦ならびに「サウスダコタ」級戦艦が埋めてくれるはずだ。

 そのような思考にふけるリー提督に砲術参謀が日本艦隊との距離が三三〇〇〇ヤードになったことを伝えてくる。


 「よしっ、砲撃を開始せよ。四〇センチ砲をもってこれまでの恨みを晴らしてやれ!」


 リー提督にしては珍しくけしかけるような命令に触発されたかのように「モンタナ」が炎と砲弾を吐き出す。

 だが、それは第一艦隊の冷酷無比な作戦が発動される狼煙でもあった。

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