第113話 決戦

 「大和」や「武蔵」といった戦艦、あるいは「高雄」型や「妙高」型をはじめとした重巡洋艦のカタパルト上にあった零式観測機が次々に大空へと射ち出されていく。

 第一艦隊の上空には零式観測機の天敵であるF6Fヘルキャット戦闘機の姿は無い。

 ある意味において戦艦よりも厄介な相手だと考えていた「エセックス」級空母が桜花によってすべて撃破されていたからだ。


 神雷部隊や第三艦隊の活躍あるいは犠牲によって第一艦隊は思いもかけず米水上打撃部隊とイーブンかあるいはそれ以上の条件で対峙することが出来た。

 しかし、一方で「エセックス」級空母を撃破するために支払った代償も大きく、第三艦隊の正規空母「飛龍」と「蒼龍」、それに改造空母の「瑞鳳」と「祥鳳」ならびに「千歳」と「千代田」は敵雷撃機の猛攻を受けてすべての艦が沈没、司令長官の草鹿中将もまた「飛龍」と運命を共にした。

 六隻の空母の護衛にあたっていた一一隻の「松」型駆逐艦も被害は大きく、六隻が撃沈され、生き残った五隻もそのすべてが被弾、無傷の艦はただの一隻も無い。

 また、神雷部隊も桜花は当然のことながら全機が米空母に突入して搭乗員はそのすべてが戦死、生き残ったのはわずかばかりの一〇〇式司令部偵察機のみだった。

 そして、一〇〇式司令部偵察機とその搭乗員もまた帰投の燃料を顧みず、依然として米艦隊との接触を維持しつつ貴重な情報を刻々と第一艦隊にもたらしてくれている。

 あるいは彼らもまた、燃料が尽きる前に桜花の後を追うつもりなのかもしれない。


 第一艦隊司令長官の伊藤中将は第三艦隊や神雷部隊の将兵らに胸中で感謝の言葉を捧げる。

 彼らの奮闘が無ければ第一艦隊は観測機を使えないという圧倒的不利な状況で米水上打撃部隊との戦いに臨まなければならなかった。

 あるいは米機動部隊からの執拗な空襲を受けて、砲雷撃戦の前に何隻かやられていたかもしれない。

 第三艦隊や神雷部隊の将兵らの努力と献身を無駄にすることは絶対に許されない。

 彼らに報いるためにも眼前の米水上打撃部隊を必ず撃破し、沖縄への道を開かなければならない。

 伊藤長官は冷静な口調で、だが万感の思いを込めて命令する。


 「第一戦隊ならびに第二戦隊は敵戦艦を目標とせよ。第四戦隊ならびに第五戦隊、それに水雷戦隊は敵巡洋艦ならびに敵駆逐艦を牽制せよ。

 特に米駆逐艦は決して戦艦部隊に近づけさせるな。別動隊については所定の手順に従って敵を攻撃せよ。第九戦隊については攻撃の時宜などは同戦隊司令官にこれを委ねる」


 伊藤長官の命令一下、戦艦部隊の両翼に展開していた九隻の重巡と一二隻の駆逐艦が米水上打撃部隊にその舳先を向けて加速を開始する。

 別動隊のほうは「五十鈴」と「北上」が「大和」の前方に遷移し、残る二隻の重巡と七隻の駆逐艦は近侍として戦艦部隊のそばに控える。

 それらの上空には十中八九使う機会はないであろうと思われていた零式観測機が飛び交っている。

 血の気が多いのか、さっそく米観測機を追い回し、機銃を撃ちかけている零式観測機の姿さえあった。


 「改めて目標を伝える。第一戦隊『大和』敵戦艦一番艦、『武蔵』二番艦、『信濃』三番艦、『紀伊』四番艦。

 第二戦隊目標『尾張』五番艦、『駿河』六番艦、『近江』七番艦。

 距離三五〇〇〇で砲撃を開始せよ。超のつく大遠距離だ。最初のうちは当たらなくても構わん。

 第三艦隊や神雷部隊のおかげで観測機が使えるのだからどんどん撃って速やかに着弾を寄せていけ。目標艦を無力化した艦は速やかに敵八番艦もしくは九番艦を攻撃せよ」


 伊藤長官が命令している間にも「大和」の前方に位置していた「五十鈴」と「北上」が今度は隊列を抜けて米戦艦群へじりじりとにじり寄っていく。

 老朽化が著しい二隻の五五〇〇トン型軽巡は、だがしかし今の第一艦隊にとっては期待の隠し玉、切り札の一つだ。


 第一艦隊の将兵はその誰もが知っている。

 この戦いに勝とうが敗れようが、これが帝国海軍最後の艦隊決戦となることを。

 七隻の戦艦と一一隻の重巡、それに二隻の重雷装艦と一九隻の駆逐艦が砲身をもたげ、魚雷発射管を敵艦へと向ける。

 今まさに、日米最大かつ最後の水上砲雷撃戦の火蓋が切られようとしていた。

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