第112話 全機突入

 鹿屋基地を飛び立って以降、誘導電波を発信し続けてくれている四式艦偵のおかげで迷うことなく敵艦隊に向けて進撃を続けることが出来た。

 多数のF6Fヘルキャット戦闘機に追いかけ回されているであろう蒼穹の修羅場の中で、しかしそれでも自らの命よりも任務を優先して自分たちを導いてくれた四式艦偵の搭乗員たち。

 そんな彼らに胸中で感謝を捧げつつ、一〇〇式司令部偵察機の後席で神雷部隊と名付けられた特別攻撃隊を率いる岡村大佐はごくわずかの犠牲でここまで来ることが出来たのは奇跡、まさに神風が吹いたと思っている。


 六機の一〇〇式司令部偵察機に先導されるなか、同機をベースにした四八機からなる桜花と名付けられた特攻仕様の機体は、だがしかし敵艦隊を目前にして四〇機あまりのF6Fヘルキャット戦闘機の迎撃を受けた。

 昭和一八年後半に出現したF6Fはこれまでで最も多くの日本機を撃墜してきた剣呑極まる敵だ。

 この機体に対抗できるのは飛燕の後期型かあるいは疾風、海軍では零戦五三型とドイツから供与されたFw190くらいのものだ。

 爆撃機や偵察機にとってF6Fはまさに天敵と言えた。

 だが、一〇〇式司令部偵察機、その五型であれば事情は少しばかり違ってくる。

 最大時速六六〇キロを叩き出すこの機体であればF6Fを撃墜することはかなわなくても逃げ切ることは出来る。

 だから、腕利きが駆る先行偵察機よりF6F出現の報告を受けた時点で岡村大佐は指揮下の全機に最大速度でぶっ飛ばすよう命令した。


 指揮官の命を受けた搭乗員らは愛機の心臓に鞭を入れる。

 F6Fと邂逅した時にはすべての機体が六三〇キロを超える速度にまで加速していた。

 日本の双発機にしては異様な高速に惑乱されたF6Fは慌てたように機銃を乱射する。

 だが、音速に近い相対速度で接近する小さな的にそうそう命中弾を与えられるものではない。

 それでも、運の悪い桜花はF6Fが吐き出す一二・七ミリ弾を食らい撃墜されてしまう。

 桜花には敵艦に突入するまでの生存性を高めるためにそれなりの防弾装備が施されているが、それでもまともに、しかもカウンターで機銃弾の奔流を浴びてしまってはどうしようもない。

 だが、それはわずかに二機のみであり、他に数機が一発か二発被弾したようだがこちらは飛行に支障が出た機体は無かった。


 一方、攻撃してきたF6Fは慌てたように機体を翻す。

 だが、最高速度がせいぜい六〇〇キロをわずかに上回る程度でしかないF6Fが旋回を終える頃には一〇〇式司令部偵察機や桜花の姿は遥かに小さくなっている。

 F6Fもまたフルブーストで追撃をかけるがその距離は開くばかりだった。


 さらに神雷部隊の前に八〇乃至九〇機のF6Fが現れる。

 しかし、神雷部隊の進撃速度が想定していたものよりも遥かに速かったために高度も機速も不十分、つまりは脅威ではなかった。

 敵艦隊が視認出来た段階で岡村大佐は部隊を三つに分ける。

 戦前に米機動部隊は三群からなると予想されていたので、神雷部隊もまた部隊を三個保有しており、二機の一〇〇式司令部偵察機と一六機の桜花で一個戦闘単位としていた。


 岡村大佐は桜花が一四機に減った部隊を空母三隻のグループに、残る二つの部隊はそれぞれ空母四隻のグループを攻撃するよう命じる。

 桜花を操縦するのは陸攻乗りや艦攻乗りの中でも特に腕の立つ操縦員たちだった。

 彼らは機体の制御が維持できるぎりぎりの急角度で「エセックス」級空母の飛行甲板目掛けて突っ込んでいく。

 米艦隊の対空砲火は凄まじく、速度性能の高い桜花でさえその半数近くが目標に到達する前に火弾や火箭に絡めとられて撃墜される。

 だが、残る機体は戦友の屍を乗り越えて次々に「エセックス」級空母に体当たり攻撃を敢行した。


 一連の攻撃が終了した時点で一一隻ある「エセックス」級空母で桜花の体当たりを免れたものは一隻もなかった。

 そのすべてが炎上している。

 四トン近い自重を持つ機体が腹に爆薬やガソリンを抱えたまま飛行甲板に飛び込んできたのだ。

 その破壊力は一般的な二五番や五〇番の比ではない。

 すべての「エセックス」級空母が戦力を喪失したのは一目瞭然だった。


 部下たちの戦果を、死を見届けた岡村大佐は平文で第一艦隊と第三艦隊、それに鹿屋基地に宛てて報告を上げる。


 「全機突入成功、すべての『エセックス』級空母を撃破。我に追いつくグラマン無し」

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