第111話 速い敵
「二〇機ほどの編隊が三つ、いずれも三〇〇マイルを超える速度で北方からこちらに向かってきています」
困惑を含んだレーダーオペレーターの報告を耳にしたハルゼー提督が航空参謀をチラ見する。
「方位から見て間違いなく日本軍機でしょう。ただ、敵機動部隊のものかあるいは日本本土から発進したものかについてはこれだけでは判断がつきません。ですが、敵機動部隊からのものであるとしたら、この時間に来るのは少しばかり遅すぎるような気がします。三〇〇マイルを超える巡航速度であるのならばなおさらです」
一一隻の「エセックス」級空母から発進した第一次攻撃隊の三九六機のF6Fヘルキャット戦闘機は零戦を散々に打ちのめし、そのほとんどを撃墜した。
このことで、第二次攻撃隊のSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機とTBFアベンジャー雷撃機は零戦からの攻撃を気にすることもなく、目標とした日本の機動部隊に対して理想の襲撃機動で対艦攻撃に臨むことが出来た。
これらのうち、一三二機のSB2Cは空母の護衛にあたっていた一一隻の駆逐艦を攻撃、六隻を撃沈し五隻を撃破した。
一方、同じく一三二機のTBFは六隻の空母にその矛先を向け、四隻を撃沈し二隻を撃破している。
撃破した二隻の空母はそのいずれもが複数の魚雷を食らったことで傾斜が激しく、沈没は時間の問題と思われていた。
「あるいは、爆弾を積んでいない零戦であれば燃費を度外視すれば三〇〇マイルで巡航することは可能でしょう。そして、我々が攻撃隊を発進させた後の留守を狙ってわざと出撃時間を遅らせたとしたら辻褄は合います。
それと、小型が多いとはいえ六隻もの空母があれば、直掩の機体とは別に六〇機程度の攻撃隊を出すことは十分に可能です」
数とその進路、それに進撃スピードだけで敵を推し量るのは本職の航空参謀でもさすがに困難であり、推論の重ね掛けとなってしまうのはさすがに仕方がないところだろう。
そう考えてハルゼー提督は断を下す。
三〇〇マイルを超える速度でこちらに向かってくる敵に対してあれこれ議論している暇は無い。
「各空母から一個中隊を迎撃に向かわせろ。敵は合わせて数十機だ。一三二機のF6Fがあればお釣りがくるはずだ」
一一隻の「エセックス」級空母からはそれぞれ四機の索敵機とさらに敵機動部隊の攻撃に二波合わせて七二機がすでに発進しているが、それでもまだ戦闘機二個中隊と夜戦一個小隊、それに若干のSB2Cが残っている。
すべてのF6Fで迎撃すればより確実だが、さすがに一個中隊は不測の事態が起きた時に対応できるよう手元に置いておきたい。
そんなハルゼー提督の結論を妥当だと考えたのだろう、航空参謀は特に意見することもなく復唱を返しスタッフらに命令を伝達していく。
上空にある一個小隊が日本の接触機を追いかけ回すのをやめて北上を開始、さらに飛行甲板上で即応待機状態にあった二個小隊が発艦、同じく機首を北に向けて速度と高度を上げていく。
「ジャップの機体で三〇〇マイル、しかも最高速度ではなく巡航速度でそれを叩き出せる機体は零戦以外に何がある?」
航空参謀の手が空いた頃を見計らってハルゼー提督は気になっていたことを問う。
「日本機の巡航速度については正確なデータが無いのですが、三〇〇マイル以上を出せる機体であれば鍾馗と飛燕、それに疾風と一〇〇式司令部偵察機があります。さらに、火龍と橘花、それにドイツから供与されたFw190もありますが、こちらは航続距離が短いので除外していいでしょう。
ただ、鍾馗と飛燕、それに疾風と一〇〇式司令部偵察機はそのいずれもが陸軍の機体であり、日本海軍に三〇〇マイルを超える速度性能を持つものは零戦を除けば残るは四式艦偵しかありません。あと、考えられるのは登場が噂されている烈風くらいのものですが、こちらはいまだ開発段階のはずです」
「そうなってくると爆装していない自殺希望の零戦が一番常識的な線ではあるな。爆弾無しとはいえ、二トンを超える金属の塊がガソリン抱えて飛行甲板に突っ込んできたら『エセックス』級空母といえどもさすがに無事では済まないからな」
そう話すハルゼー提督に、だがしかし迎撃に当たっているパイロットから悲鳴のような報告が入ってくる。
「敵は双発機! 速い!」
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