第109話 囮艦隊
四四機もの索敵機を繰り出した米機動部隊ほどではないが、しかし第三艦隊もまた空母「飛龍」と「蒼龍」から合わせて三二機の四式艦偵を飛ばして米艦隊の発見に努めていた。
これら四式艦偵を駆るのはそのいずれもが今では希少種というよりももはや絶滅危惧種と言っていいほどに数を減じた熟練搭乗員たちだ。
特攻機を警戒し、大量のF6Fヘルキャット戦闘機が飛び交っているであろう敵艦隊に向けて索敵を行うことは十死零生ではないものの、ほとんど九死一生の振る舞いと言っていい。
だからこそ、四式艦偵には特に手練れを配置したのだ。
そして、これだけの数の索敵機を飛ばせば、よほど気象条件が悪いのでもない限りベテランたちが米艦隊を見逃すことはあり得ない。
「戦艦九隻、その他四〇隻余からなる米主力艦隊発見」
「空母四隻を中心とする機動部隊発見」
「空母三隻を基幹とする機動部隊発見」
「空母四隻、その他十数隻からなる機動部隊発見」
夜明け前に発進した四式艦偵から敵勢について次々に情報が送られてくる。
少なくない機体が上空警戒中のF6Fに追い回されたり、あるいは撃墜されているはずだが、それでも彼らの努力と献身によって米艦隊のおおよその位置と構成は把握できた。
「戦艦と空母はこちらの予想通りだが、巡洋艦と駆逐艦はそれほど増勢されたわけでもないな。大量の戦力を用意したうえで正面からの力押しを得意としている米軍であれば、補助艦艇についても相当に数が多いのだろうと覚悟していたのだが」
航空参謀からの報告に、第三艦隊司令長官の草鹿中将が意外そうな声を漏らす。
「長官のおっしゃる通り、戦艦九隻に空母一一隻という主力艦の数は事前予想通りなのですが、一方で巡洋艦と駆逐艦に関してはこちらの想定よりもかなり少なくなっています。おそらく、それら軽快艦艇は英国救援のために大西洋に投入されているのでしょう。向こうでは新型Uボートが大暴れしているそうですから。
それと、現時点では発見されていませんが、レイテ沖海戦のときと同様、かなりの数の護衛空母が沖縄近傍海域に展開しているものと思われます」
我々が発見した艦隊は敵戦力の一部であってそのすべてでは無いという航空参謀のオブラートに包んだ注意喚起に首肯しつつも草鹿長官は別のことを考えている。
米軍が巡洋艦や駆逐艦を増勢しないどころか減らしたのは航空参謀の言う通り英国救援を優先したのが一つの理由だろう。
だが、それよりも大きな理由は米軍が連合艦隊の戦力低下を知っているからだ。
事実、レイテ沖海戦の時と比べて連合艦隊の戦艦は一一隻から七隻に、空母は九隻から六隻にまで減った。
巡洋艦や駆逐艦もまた同様であり、特に海上護衛戦に駆り出された駆逐艦の損耗は著しい。
母艦航空隊の搭乗員も熟練や中堅はすでに数えるほどしかおらず、その多くはかろうじて空母の飛行甲板に離発着が可能な出来の良い若年兵がほとんどだ。
「どこまで粘れるかだな」
草鹿長官のみならず、第三艦隊司令部スタッフは誰もが第三艦隊が置かれた立場を理解している。
第三艦隊の表向きの任務は艦隊防空だ。
若い下級士官や下士官兵にはそう伝えられている。
だが、実際のところは違う。
よく言えば囮、悪く言えば米軍に献上するサンドバッグだ。
敵艦上機の攻撃を第三艦隊が可能な限り吸収し、第一艦隊の被害を軽減させる。
つまりは、そういうことだ。
残念ながら米機動部隊との力の差は歴然としている。
艦上機の数は五分の一、搭乗員の技量を加味すればさらにその差は開くだろう。
こちらから攻撃を仕掛けることなど思いもよらない。
だからこそ、防戦一方の戦いになることは必至だ。
そんな自分たちを守ってくれるのは「松」型駆逐艦だが、六隻の空母に対してその数はわずかに一一隻のみ。
「松」型駆逐艦は対空ならびに対潜能力は決して低くはないが、それでも排水量の限界から艦隊型駆逐艦に比べて高角砲は半分、機銃は三分の二程度しか装備していない。
艦上機の数が一一〇〇機を上回ると予想される米機動部隊に対して第三艦隊の航空戦力はあまりにも過小だ。
こちらの手元にあるのは索敵任務の四式艦偵を除けば零戦が一六八機にあとは対潜哨戒任務にあたる九七艦攻が一八機。
結果はやる前から分かりきっている。
全滅は間違いなし、あとは草鹿長官が考えるように第三艦隊がどこまで粘れるかだけが問題だった。
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