第108話 水上特攻
伊藤長官は自身がなぜ第一艦隊を率いることになったのかを理解していた。
昭和一六年に中将に昇進したキャリアならびに海兵三九期の卒業年次は艦隊司令長官というポジションにはまさにうってつけだ。
そのうえ戦前は第一艦隊の参謀長を務め上げ、おまけに米国通の箔までついている。
「マーシャルの猛将」として国民の間で英雄に祭り上げられ、レイテ沖海戦での戦死によって軍神として神格化された角田大将に代わって第一艦隊の指揮を委ねるのに最も手頃な人間は自分をおいてほかにはないだろう。
だが、それは海兵卒業年次やハンモックナンバーを元にした帝国海軍の旧弊である年功序列による順送り人事でしかないことも事実であった。
第三艦隊の草鹿長官もまた、おそらくは自分と似たようないきさつで同じく戦死した大西大将の後を襲ったのではないか。
そう考える伊藤長官だが、彼の指揮する第一艦隊の編成は歪だった。
戦艦や巡洋艦に比べて駆逐艦の数が著しく少ないのだ。
レイテ沖海戦に敗れ、フィリピン周辺の制空権を喪失してなお日本は南方からの資源輸送については多少の犠牲を払ってでもこれを継続せざるを得なかった。
だが、そのシーレーンの保護にあたる海上護衛総隊の戦力だけでは南方からの物資を無事に日本に送り届けることは出来ない。
そこで、連合艦隊は指揮下にある駆逐艦の多くを増援として送り出した。
それら駆逐艦は激化する米潜水艦や米機の攻撃から輸送船団をよく守りはしたが一方で犠牲も大きく、この半年でその数を大きく減じてしまった。
このことで、今回の作戦には逆に海上護衛総隊に所属している「吹雪」型や「初春」型、それに「白露」型駆逐艦を召し上げてなんとか数を揃えるといった有り様だった。
それでもまだ米軍の巡洋艦や駆逐艦の数には遠く及ばない。
そこで、その戦力差を少しでも埋めるべく帝国海軍上層部は一計を案じた。
海上護衛総隊にあった「五十鈴」と「北上」の二隻の軽巡を重雷装艦にでっち上げたのだ。
帝国海軍には九三式酸素魚雷という短命に終わった兵器があった。
五〇〇キロ近い弾頭重量に加え速度を落とせば四〇〇〇〇メートルにも達する長大な航走距離を誇る九三式酸素魚雷は、だがしかしその高コストを嫌った鉄砲屋の横槍によって短期間のうちに廃止となってしまった。
それでも二〇〇本近くが生産され、現在も海軍の倉庫に眠っているそれを海軍上層部の誰かが目を付けた。
戦前に一〇隻の「白露」型から降ろした二〇基の九二式六一センチ四連装魚雷発射管に酸素魚雷運用能力を付与する改造を施す。
そうしたうえで、それらを「五十鈴」と「北上」にそれぞれ一〇基ずつ搭載する。
リサイクルあるいは廃品利用といった言葉を想起させる情けない提案に、だがしかし海軍上層部はGOサインを出す。
かくして超大型魚雷を四〇本搭載する重雷装艦とも呼ぶべき艦が誕生し、そしてそれらが第一艦隊に配備された。
「総力戦というよりは寄せ集めの最期のあがきだな」
伊藤長官は胸中で苦笑しつつ、もともとは水上特攻に反対していた自身に出撃を決意させた連合艦隊参謀長の言葉を思い出している。
「一億総特攻の魁となって頂きたい」
そう、これは勝算の無い片道攻撃なのだ。
海軍上層部の考えとしては、日本が敗れてなお「大和」型戦艦が浮かんでいるようなことがあっては海軍の面子が立たないということなのだろう。
帝国海軍は最後まで戦い抜きましたというアリバイづくりのために自分たちは沖縄に、死地に向かっている。
馬鹿馬鹿しい話だ。
すでに第一艦隊は米機動部隊が放ったと思しき艦上機の接触を受けていた。
その情報は後方から第一艦隊を追求している第三艦隊やあるいは鹿屋基地の特別攻撃隊にも伝わっているはずだ。
伊藤長官は前方を見据える。
あと少しで電探が捉えた大編隊の機影が現れるはずだった。
第一艦隊
戦艦「大和」「武蔵」「信濃」「紀伊」「尾張」「駿河」「近江」
重巡「愛宕」「高雄」「摩耶」「鳥海」「妙高」「羽黒」「足柄」「那智」
重巡「青葉」
駆逐艦「雪風」「天津風」「浦風」「磯風」「浜風」「長波」「浜波」「沖波」「岸波」「朝霜」「秋霜」「清霜」
(別動隊)
重巡「熊野」「利根」
軽巡「五十鈴」「北上」
駆逐艦「霞」「時雨」「初春」「初霜」「曙」「潮」「響」
第三艦隊
「飛龍」(零戦三六、九七艦攻三、四式艦偵一八)
「蒼龍」(零戦三六、九七艦攻三、四式艦偵一八)
「瑞鳳」(零戦二四、九七艦攻三)
「祥鳳」(零戦二四、九七艦攻三)
「千歳」(零戦二四、九七艦攻三)
「千代田」(零戦二四、九七艦攻三)
駆逐艦「竹」「桐」「杉」「槇」「樫」「榧」「楢」「柳」「椿」「楓」「欅」
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