第107話 索敵

 敵を攻撃するにはその正確な位置情報や戦力構成をつかまなければ話にならない。

 だからこそ、索敵機は惜しまずに多数を投入する。

 情報を重視する米軍では当たり前のことであり、第三艦隊指揮官でありさらに第三・三任務群を直率するハルゼー提督もまたその例に漏れない。

 ハルゼー提督はこちらに向かっている日本艦隊を発見すべく、一一隻の「エセックス」級空母から合わせて四四機のSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機を夜明け前に発進させていた。


 第三艦隊の戦力は主力艦に関してはレイテ沖海戦の頃よりも充実していた。

 戦艦は数こそ減ったものの、一方で「モンタナ」級戦艦という大型戦艦を戦列に加え、実質的な戦闘力はレイテ沖海戦のそれよりも明らかに向上している。

 一方で巡洋艦や駆逐艦のほうは同等かあるいはむしろ減らされていた。

 「XXI型」と呼ばれる新型Uボートが大西洋側で猛威をふるい、同海域における海上護衛戦が激化していたからだ。

 米国としては日本打倒よりも同盟国である英国救援を優先せざるを得ない苦しい事情があった。

 それでも、日本海軍はレイテ沖海戦で多くの巡洋艦や駆逐艦を撃沈され、その後も少なくない駆逐艦を船団護衛任務で喪失していたから特に問題となるようなことは無かった。



 第三艦隊


 第三・一任務群

 戦艦「モンタナ」「オハイオ」「メイン」「ニューハンプシャー」「ルイジアナ」

 戦艦「イリノイ」「ケンタッキー」

 戦艦「サウスダコタ」「インディアナ」

 重巡四、軽巡八、駆逐艦三二


 第三・三任務群

 「エセックス」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「フランクリン」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「サラトガ2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「レキシントン2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三・四任務群

 「バンカー・ヒル」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「タイコンデロガ」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「ヨークタウン2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「エンタープライズ2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三・五任務群

 「イントレピッド」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「ワスプ2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「レンジャー2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三・七任務群

 護衛空母二四、駆逐艦四八(各種航空機六四八機、六群に分かれて展開)



 第三艦隊は間違いなく世界最強の艦隊ではあったが、それでもハルゼー提督にはいくつかの不満があった。

 なにより空母がまったくと言っていいほどに増えていない。

 これは「モンタナ」級戦艦の建造を最優先としたためだ。

 その原因となったのは、考えるまでもなく「大和」型戦艦だった。

 「大和」型戦艦は従来の「ノースカロライナ」級や「サウスダコタ」級では太刀打ちできず、「アイオワ」級ですらも役不足だった。

 この事実に半ば恐慌状態に陥った合衆国海軍上層部は「モンタナ」級戦艦とその改良型の建造に戦争資源の大半を投入し、その代償として空母の新規建造を凍結してしまったのだ。

 現在は「モンタナ」級の六番艦から一〇番艦までの五隻が完成を目前としており、さらに同級の船体を利用してそこに八門の一八インチ砲を搭載する改良型の建造もハイペースで進捗している。

 航空主兵主義者のハルゼー提督からすれば、一五隻もの「モンタナ」級とその改良型を建造するくらいなら、その予算と資材を使って二〇乃至三〇隻の「エセックス」級空母を造ったほうがよほど有益に思えた。

 既存の一一隻に三〇隻の「エセックス」級空母が加われば、「大和」型戦艦といえども容易に葬ることが出来るはずだ。


 それと、ハルゼー提督にとって不満と言うか残念だったのは、この戦いにF8Fベアキャット戦闘機の配備がぎりぎり間に合わなかったことだ。

 F8FはF6Fヘルキャット戦闘機とは異次元の機動性を持っており、F6Fに対して同等かあるいは少しばかりの優位を誇る零戦五三型といえども同機の敵ではない。

 そのF8Fはあと一カ月か二カ月あれば、かなりの数が第三艦隊に配備出来たはずだった。


 だが、そんなことよりもハルゼー提督に最も不満を抱かせたのは目標選定の自由を奪われたことだった。

 第三艦隊の艦上機隊はまずは日本の機動部隊を最優先で叩き、敵空母を一隻残らず沈めるかあるいは無力化しないうちは敵戦艦に対する攻撃を禁じられたのだ。

 これはレイテ沖海戦で日本軍に制空権を奪われ、そのことで戦艦部隊が大損害を被ったことがおおいに関係している。

 レイテ沖海戦では日本機によるスーサイドアタックを予見できず、第三艦隊の機動部隊は戦闘序盤で大損害を被った。

 そのことについて、ハルゼー提督に表立った批判は無い。

 誰もがスーサイドアタックなど慮外あるいは想像の埒外だったのだから。

 だが、それでも合衆国海軍上層部の彼に対する感情は完全無罪というよりも推定無罪に近い。

 ハルゼー提督もまたそのことに気づいている。


 「まあ、いい。言いたいやつには言わせておく。俺はただジャップどもを殺すだけだ」


 空母の増勢もなく、新鋭戦闘機の配備も間に合わず、それに自身の評価に対する逆風が吹きすさぶなかにおいてもハルゼー提督の闘志にいささかの陰りもない。

 戦力に不満はあるが不安は無い。

 日本の機動部隊の艦上機の数は二二〇機からせいぜい二三〇機程度であり、こちらの二割にしか過ぎない。

 仮にこれら機体のすべてがスーサイドアタックを仕掛けてきたとしても、八〇〇機のF6Fが始末をつけてくれるはずだ。


 「レイテの借りは倍にして返させてもらうぞジャップ。なにより搭乗員の命を使い捨てにするような外道どもに容赦をするつもりは無い。今日が貴様らの命日だ」


 闘志を重ね掛けするハルゼー提督に通信参謀から一報がもたらされる。

 索敵に出したSB2Cのうちの一機が南下する日本艦隊を発見したのだ。

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