第106話 非情の再現
背水の陣で臨んだはずのレイテ沖海戦は、だがしかしわずかに力及ばず日本側の敗北に終わった。
その結果、フィリピン周辺の制空権ならびに制海権を失い、南方資源地帯からの輸送が著しく困難な状況となる。
しかし、それでもなお日本軍はそれなりの継戦能力を維持していた。
今から三年あまり前の昭和一七年四月、ドイツならびに帝国陸軍の要請にこたえる形でインド洋に進出した連合艦隊は同地を守る東洋艦隊を撃破、インド洋の制海権を奪取した。
東への進攻を志向していた連合艦隊がインド洋に出張った理由の一つにインド洋を制圧すれば巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」を供与するというヒトラー総統との密約があった。
二八センチ砲を九門装備し、「金剛」型戦艦をもしのぐ速度性能を誇る「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は、建造が噂されている米大型巡洋艦の対抗戦力としてそれこそ喉から手が出るほどに欲しい存在であった。
しかし、日本艦隊やイタリア艦隊の活躍に触発されたヒトラー総統は両艦供与の約束を反故にする。
そのうえインド洋海戦で鹵獲した装甲空母「インドミタブル」ならびに「フォーミダブル」の提供まで要求してきた。
帝国海軍はヒトラー総統からの厚かましい申し出を受諾する代わりにその代償を求めた。
航空機をはじめとした各種兵器や、あるいは工作機械や先進技術といったものに加え人造石油プラントを要求したのだ。
この申し出をヒトラー総統は快諾、プラント一式とともに少なくない技術者を日本に寄こしてくれた。
ヒトラー総統としても日本の継戦能力の向上はメリットが大きかったからだ。
日本が頑張れば頑張るほどに太平洋に流入する米国の戦争資源は増え、それはつまりは欧州方面への圧力の軽減を意味する。
実際、日本海軍のおかげで米国の海軍戦力の多くが太平洋側に配備されているのだ。
ドイツから見ても大西洋艦隊の戦力は明らかに低下しており、その要因は間違いなく日本海軍の活躍によるものだ。
一方、この当時の帝国海軍は米国による海上封鎖戦をなによりも恐れていた。
艦隊決戦であればこちらには「大和」型戦艦があるから負ける心配は無い。
しかし、米軍が「大和」型戦艦との正面戦闘を避け、多数の潜水艦や航空機でもって交通破壊戦を仕掛けてくれば、大艦巨砲に偏った帝国海軍の戦備では不利は免れない。
人造石油は日本が海上封鎖されたときの保険でもあった。
そもそもとして、油が無ければどんなに高性能な艦艇や航空機もただの金属塊に堕すし、なにより必要物資の生産が出来ない。
その保険が今では帝国海軍のみならず帝国陸軍ならびに日本国民の生命線となっていた。
帝国海軍は国内だけでなく大陸にもプラントを設置し、計画値に近い生産量を維持している。
それとは別に、人造石油は一方で帝国陸軍に対して通貨のような役割も果たしていた。
帝国陸軍に油を提供する代わりにその見返りとして帝国海軍が欲しいものを融通してもらうのだ。
一〇〇式司令部偵察機もまたそのうちの一つだった。
連合艦隊と米艦隊の激突を直前に控え、鹿屋基地には多数の戦闘機に交じって五四機の一〇〇式司令部偵察機の姿があった。
それらはすべて帝国海軍の機体で、いずれも帝国陸軍から提供されたものだ。
それらのうち、六機は一〇〇式司令部偵察機五型で、発動機を金星から誉に換装されたものだ。
二基の二〇〇〇馬力級発動機を備えた同機体は万全であれば六六〇キロの最高速度を発揮できる。
他の四八機もまた誉を搭載した新型ではあったが、こちらは偵察機ではなく特殊攻撃機に類別され、関係者の間では桜花と呼ばれていた。
通常、一〇〇式司令部偵察機は操縦者と偵察者の二名で運用するが、桜花は操縦者のみで、後席には偵察者の代わりに爆薬が積み込まれていた。
それら操縦者は帝国海軍では残り少なくなった腕利きの陸攻乗りや艦攻乗りで固められている。
彼らは敵艦隊の位置情報が入り次第出撃することになっていた。
六機の一〇〇式司令部偵察機は誘導ならびに戦果確認にあたり、桜花は接敵に失敗しない限りは二度と戻ることはない。
帝国海軍はレイテ沖海戦で成功した非情の手段を、桜花でもって再現する腹積もりだった。
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