第105話 一抹の不安
すでにアイスバーグ作戦は発動され、第三艦隊の艦載機群は沖縄の飛行場に対して猛爆を繰り返し、同地にあった日本軍の航空戦力の大半を撃破している。
これに対応してのことだろう、連合艦隊が日本本土を進発したという報告が複数の友軍潜水艦によってもたらされていた。
ハワイの太平洋艦隊司令部でニミッツ長官はこれまでの三年半以上にも及ぶ連合軍と日本軍の戦いを思い返している。
一九四一年の年末に生起したマーシャル沖海戦で太平洋艦隊は一度に八隻の戦艦と三隻の空母、さらに各タイプの重巡ならびに「ブルックリン」級軽巡といった一万トン級砲戦巡洋艦を合わせて一三隻も失うという大敗を喫した。
さらに、その少し前にはマレー沖で英国の最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」が「長門」と「陸奥」によって討ち取られている。
一九四二年はインド洋で日本艦隊を迎え撃った東洋艦隊が全滅、五隻の戦艦を沈められたうえに「インドミタブル」と「フォーミダブル」が鹵獲されてしまうという汚点までついた。
一九四三年のブリスベン沖海戦についても、当時の太平洋艦隊は同地の防衛にこそ成功したものの、その一方で犠牲は大きく、空母三隻に巡洋艦六隻、さらに駆逐艦に至っては一六隻も撃沈されてしまった。
一九四四年のマリアナ沖海戦は壮絶な殴り合いとなり、日本の戦艦を六隻撃沈する一方でこちらもまた同じく六隻の旧式戦艦を沈められ、そのうえ新鋭戦艦の「ワシントン」と「ノースカロライナ」まで喪失している。
そして、一九四五年の年明け早々に日米が激突したレイテ沖海戦では日本の旧式戦艦を四隻沈めた代わりにこちらは四隻の「アイオワ」級戦艦と二隻の「サウスダコタ」級戦艦を失うことになった。
「我が国はこれまでの戦いで八隻の新型戦艦と一四隻もの旧式戦艦を失っている。英国もまたマレー沖海戦とインド洋海戦で新旧合わせて七隻の戦艦を日本海軍の手によって沈められた。一方でこちらが撃沈した日本の戦艦は一〇隻のみで、そのいずれもが旧式のそれだ。
空母は互いに六隻ずつ撃沈しているが、米側が失ったのがすべて正規空母なのに対して日本側のほうは『加賀』と『赤城』を除けばあとは小型空母ばかりだ」
ニミッツ長官は嘆息しつつ、なぜこうも一方的なキルレシオになってしまったのかを考えずにはいられない。
それでも、その主要な原因の一つについては合衆国海軍軍人であれば誰もが理解している。
「大和」型戦艦という化け物の存在だ。
マーシャル沖海戦でその姿を現した巨大戦艦は米戦艦との戦いにことごとく勝利した。
その一方で、米戦艦が放つ主砲弾や航空機が投下する爆弾、それに潜水艦が発射する魚雷を幾度となく食らってなおいまだに一隻も沈没していない。
最初は四隻だった彼女たちは、今ではその数を七隻にまで増やしている。
「ノースカロライナ」級戦艦や「サウスダコタ」級戦艦はもちろん、「アイオワ」級戦艦でさえ分が悪かった巨大戦艦に対し、だがしかし合衆国海軍はここに至りようやく対等に戦える戦艦を手にした。
合衆国海軍で初めて基準排水量が六万トンを突破した「モンタナ」級戦艦だ。
「大和」型戦艦に比べて主砲口径は一回り小さいものの、しかし一方で門数は三割以上も多く発射速度も高い。
五〇口径の長砲身から吐き出される高初速の四〇センチSHSであれば、桁外れの防御力を持つ「大和」型戦艦に対しても有効打を与えることが出来るし、実際に「アイオワ」級戦艦がレイテ沖海戦でそのことを証明している。
四〇センチSHSの度重なる被弾によって旋回機構かあるいは発射機構にダメージを被ったのか、一時的にせよ複数の「大和」型戦艦で射撃不能に陥った主砲塔があったのだ。
最終的に「アイオワ」級戦艦が「大和」型戦艦に撃ち負けたのは基礎体力の差、つまりは排水量の差によるものとみて間違いない。
少なくとも、火器管制システムの優越によって相手に与えた命中弾の数は明らかにこちらのほうが多かったのだ。
だが、これまでの新型戦艦とは一線を画す排水量と防御力を持つ「モンタナ」級戦艦であれば「大和」型戦艦に対して位負けすることはない。
問題は「大和」型戦艦が七隻なのに対して「モンタナ」級戦艦が五隻しかないことだ。
だが、この差はレイテ沖海戦を生き残った二隻の「アイオワ」級戦艦と同じく二隻の「サウスダコタ」級戦艦によって埋めることが出来る。
いくら「大和」型戦艦が強大だとは言っても、二倍の数の「アイオワ」級戦艦や「サウスダコタ」級戦艦とぶつかれば不利は免れない。
戦艦以外の艦艇に関してもまったく問題は無い。
制空権を獲得する鍵となる空母については、こちらは「エセックス」級が一一隻あるのに対して日本側のそれは六隻にしか過ぎず、その中で正規空母と呼べるものは「蒼龍」と「飛龍」だけで残る四隻はそのいずれもが戦力の小さな改造小型空母だ。
巡洋艦や駆逐艦は増勢こそないものの、一方で日本側はレイテ沖海戦で重巡や駆逐艦を大量に失ったから相対的な戦力差は大きくなっている。
「負ける心配は無いはずだ」
そう考えるニミッツ長官ではあったが、それでも一抹の不安を払拭することが出来ずにいた。
これまでがそうであったように、今回もまた日本軍は思いがけない奇策を用いてくるのではないか。
そんな気がしてならなかった。
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