沖縄北方沖海戦
第104話 侵攻
レイテ沖海戦の敗北、つまりは連合艦隊が米上陸部隊ならびに米艦隊の撃退に失敗したからといって、それはフィリピンの即失陥とイコールでは無かった。
帝国陸軍はルソン島に第一四方面軍を展開させ、米軍に対して徹底抗戦の構えをとっていたからだ。
一方、甚大な損害を被りながらも連合艦隊を退け、レイテ島に楔を打ち込んだ米軍ではあったが、さすがに海軍が半身不随の状況のなかで、しかも広大なフィリピンを短期間で攻め落とす力は無い。
米軍としては奪還した島々に航空基地を建設し、制空権を確保したうえで南から突き上げるようにして攻めのぼる以外に手はなかった。
ルソン島の第一四方面軍は米軍が想像していた以上に戦力が充実していた。
帝国陸軍は米軍がフィリピンに侵攻してきた場合、最初からルソン島決戦一本に絞っていたからだ。
他の島々については帝国海軍ならびに航空部隊に任せていたが、こちらが蹴散らされるのは想定済みだった。
第一四方面軍の戦備が整っていたのは、帝国海軍が海上交通線の保護に力を入れていたことも大きかった。
戦前、帝国海軍は大艦巨砲主義あるいは鉄砲屋に対して批判的だったり反抗的だったりした士官たちの左遷場所として海上護衛総隊を編組した。
鉄砲屋連中の言うところの「腐れ士官の捨てどころ」というやつだ。
さらに、最も反抗的だった水雷屋の勢力を削ぐべく旧式軽巡や旧式駆逐艦の雷装をすべて撤去させたうえで海上護衛総隊に組み込んだ。
このことで、旧式艦が多いながらも一方で多数の艦艇を擁する海上護衛総隊の戦力は意外に充実しており、当時の米潜水艦の不発魚雷問題にも助けられて喪失した船舶はごくわずかなものに抑え込まれた。
さらに、日欧連絡線が開通したことでドイツからの優秀な聴音機やソナーが導入され質的にも戦力が向上、商船隊を守るだけでなく襲撃してきた米潜水艦を返り討ちにすることも珍しくなかった。
それとは別に、帝国海軍上層部のドイツに対する面子といういささか不純な動機もまた海上護衛総隊の強化を後押しした。
ドイツから供与された貴重な物資を敵潜水艦に沈められてしまったからおかわりをください。
そういったことは恥ずかしくて言えるはずもなかったからだ。
また、昭和一八年初頭に生起したブリスベン沖海戦の敗北を受けてラバウルやマーシャルを早々に放棄して戦線を縮小したことも大きい。
これは反撃密度を上げるための苦肉の策ではあったのだが、一方で海上護衛総隊からすれば守備範囲が狭くなるのである意味において戦力を増強したのと同じ効果があった。
このようなことが積み重なってルソン島を守る第一四方面軍だけでなく、他の戦域の日本軍もまた相応の反撃力を残している。
さらに、マリアナを失陥して以降、日本軍は総力を挙げて継戦能力の向上に努め、商船団をフル回転して物資の備蓄に励んだ。
このことで、南方戦域だけでなく日本本土もまた米軍が想像する以上に戦争資源を蓄えている。
新型四発重爆のB29に対しても可能な限りの手を打っている。
帝国陸海軍はドイツから得た知見でレーダー網による本土防空システムを構築、さらにB29対策の切り札としてMe262を導入していた。
帝国海軍では橘花、帝国陸軍では火龍と名付けられたそれらは帝都空襲を仕掛けてきた一一一機のB29を迎え撃ち、その半数以上を撃ち落とすという大戦果を挙げた。
逆に米軍はB29の初陣における大損害によほど懲りたのか、その後は同機による空襲を行っていない。
いずれにせよ、ルソン島が守られていることによって極めて限定的ではあるが南方資源地帯と日本を結ぶ航路は途絶を免れている。
それに、マリアナのB29の攻撃もしのいでいる。
このまま膠着状態を維持すれば米国内で厭戦気分が高まるのではないか。
そして、その間にドイツが英国を打倒し、欧州解放の大義名分を失った米政府は戦争から手を引く。
そんな淡い期待を帝国陸軍や帝国海軍の上層部が抱いた時、だがしかし欧州で戦局が激変する。
それまで偽りの平穏を保っていた東部戦線が大きく動き出したのだ。
英国打倒に邁進しつつも東部方面への備えを怠らなかったはずのドイツ軍だが、しかしソ連軍の戦力は彼らの想像を遥かに超えていた。
ドイツと英国の戦いを高みの見物とばかりに決め込んでいたスターリンは米国に尻を叩かれたか、あるいはなんらかの密約があったのだろう。
英国とその後ろ盾である米国を相手に長年にわたって消耗戦を繰り広げていたドイツと、一方で兵力の温存を図っていたソ連との戦力差は隔絶しており、ドイツ軍は至る所で敗走、枢軸側は一気に旗色が悪くなった。
そもそもとして、ドイツとソ連とでは国家としての階級が違っていた。
軍や産業への動員力はソ連のほうが圧倒的に上であり、科学技術もドイツ人が思っているほどの差は無い。
ドイツはソ連の力を見誤っていた、もっと言えば根拠もなく見くびっていたのだ。
このことでドイツ頼みの日本の戦略は破綻する。
米国によってすでに袋小路に追いやられている日本に逆転の望みは無い。
そこに追い打ちをかけるようにして米軍は沖縄にその矛先を向けてきた。
時に昭和二〇年七月。
レイテ沖海戦の痛手から立ち直った米第三艦隊が再び侵攻を開始したのだ。
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