第103話 作戦中止
皇国の興廃を決する、絶対に負けられない戦いと呼号された捷一号作戦は、だがしかし中止の止む無きに至る。
帝国海軍の切り札であり唯一の希望でもあった「大和」型戦艦が敵戦艦の主砲弾をしたたかに浴びたうえに、さらにそのすべての艦が空母艦上機の空襲で魚雷を食らってしまったのだ。
七隻の「大和」型戦艦はそのいずれもが艦上構造物に大きなダメージを受け、さらに少なくない艦が被雷に伴う浸水によって機関の全力発揮が出来なくなってしまった。
最高戦力が深手を負った以上、作戦の成功確率は極めて低くなったと判断せざるを得なかった。
これとは別に、「大和」型戦艦以外の艦艇や航空機の損害が深刻なことも作戦中止となった大きな要因だ。
特に「長門」や「陸奥」、それに「金剛」や「榛名」といった四隻の旧式戦艦の喪失は帝国海軍上層部に大きな衝撃をもたらした。
長年にわたり広く国民に親しまれ、そのうえ今次大戦においても複数の英重巡や米戦艦を撃沈するなどその実力を遺憾なく発揮してきた「長門」と「陸奥」は、だがしかし「サウスダコタ」級戦艦との撃ち合いに敗れてしまった。
最古参の「金剛」と「榛名」もまた「サウスダコタ」級戦艦との壮絶な殴り合いの末に、相手と差し違えるようにして両艦共にフィリピン沖にその身を沈めている。
戦艦に次いで貴重な戦力である空母の損害も大きかった。
帝国海軍が保有する空母の中で最大の排水量と防御力を誇る「加賀」は敵艦上機の雷爆同時攻撃によって討ち取られ、さらに同艦とともに行動していた小型空母の「龍驤」と改造空母の「日進」もまた同じようにSB2Cヘルダイバーによる急降下爆撃やTBFアベンジャーによる雷撃によって沈められてしまった。
第三艦隊に配備されていた艦上機隊も米機動部隊との激戦によってすり潰され多数の搭乗員が戦死、その中でも若年搭乗員の死亡率は突出している。
巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇の損害もまた大きい。
「ボルチモア」級と思われる新型重巡との撃ち合いで第七戦隊は惨敗、「鈴谷」と「最上」それに「三隈」が撃沈され、生き残ったのは「熊野」ただ一隻のみだった。
第八戦隊の「利根」と「筑摩」は二倍の数の「クリーブランド」級軽巡に滅多打ちにされて炎上、「利根」はかろうじて避退に成功したものの、「筑摩」のほうは逃げ切ることがかなわなかった。
また、優勢な米駆逐艦部隊に立ち向かった重巡「衣笠」と「古鷹」、それに「加古」は友軍駆逐艦の盾となって奮戦するものの、だがしかし数を頼んだ敵駆逐艦の一二・七センチ砲弾によってハチの巣にされるかあるいは魚雷の槍衾によってその最期を迎えている。
他にも駆逐艦と潜水艦が合わせて二〇隻近く撃沈され、フィリピンの飛行場に展開していた基地航空隊もすでにその戦力の過半を喪失している。
さらに艦艇の損害と同様か、あるいはそれ以上に捷一号作戦中止の大きな要因となったのが第一艦隊と第二艦隊、それに第三艦隊の司令長官がいずれも戦死してしまったことだ。
しかもあろうことか、第一艦隊と第二艦隊、それに第三艦隊司令部スタッフのそのほとんどが司令長官と同様に失われていた。
つまりは、三個艦隊の司令部がすべて壊滅したということだ。
それでも、各艦隊の次席指揮官に命令して第一艦隊と第二艦隊、それに第三艦隊の残存艦艇を全滅覚悟でレイテ湾に突っ込ませれば、あるいはレイテ島に上陸した米軍を撃破出来たかもしれない。
だが、当時の軍令部や連合艦隊司令部において、とてもその覚悟と責任を伴う決断が、大勢の将兵に死ねと命令を出せる人物がいようはずもなく、その結果として捷一号作戦は中止されてしまった。
あるいは、帝国海軍は艦隊戦力の温存を図るためにフィリピン防衛を断念したと言えるかもしれない。
当然のことながら、フィリピンを失えば南方からの資源輸送が途絶することは分かっている。
欧州との交易もまた同様だ。
もちろん、潜水艦や小舟を使ってこそこそと輸送することは可能だろうが、その量は微々たるものでしかなく、国や帝国海軍にとってはわずかな足しでしかない。
連合艦隊がフィリピン防衛に失敗した代償はあまりにも大きかった。
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