第102話 経空脅威

 第三艦隊乙部隊の「蒼龍」「瑞鳳」「祥鳳」、それに丙部隊の「飛龍」「千歳」「千代田」の合わせて六隻の空母から発進したのはわずかに六〇機あまりの零戦だけだった。

 米機動部隊との度重なる激闘によって第三艦隊の稼働機は激減、現状ではこれが同艦隊が出せる精いっぱいの戦力だった。

 それら零戦隊は当初はTBFアベンジャー雷撃機のみに的を絞って攻撃するよう命令されていた。

 「大和」型戦艦であれ他の艦であれ、魚雷をぶつけられればただでは済まない。

 それに、米雷撃機が運用する魚雷の威力が大きいことはブリスベン沖海戦以降の戦いの中で嫌と言う程に思い知らされている。


 だがしかし、零戦隊のその目論見は一九九機のF6Fヘルキャット戦闘機によって阻止される。

 熟練が駆る零戦がいかに強い機体だとはいっても、さすがに三倍以上の数のF6Fに襲いかかられてはTBFを攻撃するどころではなく、自身を守るための戦いとなってしまうのは仕方の無いことだった。


 F6Fが零戦を牽制している間に第三・七任務群の二四隻の護衛空母から発進した八七機のTBFは六つのグループに分かれ、「大和」を除くすべての「大和」型戦艦に向けて雷撃を仕掛ける。

 これまで船団護衛における対潜哨戒やあるいは上陸作戦時の支援爆撃といった裏方任務から一転して「大和」型戦艦と対峙するという最高のステージにその戦いの場を移したTBF搭乗員の士気は旺盛だ。

 それらTBFの搭乗員らは出撃前に「大和」型戦艦はそのいずれもが「アイオワ」級戦艦やあるいは「アラスカ」級大型巡洋艦との戦いで右舷側に大きなダメージを負っていることを知らされていた。

 だから、彼らの攻撃は当然のごとく右舷側からのそれに集中する。

 「アイオワ」級戦艦の四〇センチ砲弾や「アラスカ」級大型巡洋艦の三〇センチ砲弾によって多数の高角砲や機銃が潰された「武蔵」以下六隻の「大和」型戦艦は、マリアナ沖海戦でSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機を散々に叩きのめした時のような濃密な弾幕を張ることが出来ない。

 悠々と内懐に飛び込んでくるTBFに対して六隻の「大和」型戦艦の艦長は鍛え上げた操艦によって魚雷の回避にかかる。


 それら「大和」型戦艦に対して、一隻あたり一四機乃至一五機ほどのTBFが二波乃至三波に分かれて低空から接近する。

 予想以上に対空砲火が低調なこともあって、いずれのTBFもいつも以上に肉薄してから魚雷を投下した。

 距離が近かったがゆえに、TBFから放たれた魚雷を完全に回避出来た艦は一隻もなかった。

 「信濃」と「紀伊」、それに「駿河」がそれぞれ一本、「武蔵」と「尾張」、それに「近江」がそれぞれ二本の魚雷を食らう。

 「大和」型戦艦であれば、魚雷の一本や二本程度ではまったく致命傷にはならないが、それでも当たり所が悪く、大量の浸水が生じてしまった場合には射撃精度は当然のことながら低下する。

 六隻の「大和」型戦艦が被雷したことに対して苦い表情を隠せない角田長官だが、電探が敵の第二波を捉えたとの報告を受けてさらに苦いものへと変わる。


 その第二波は護衛空母部隊よりわずかに遅れて出撃したハルゼー提督が直率する四隻の「エセックス」級空母から発進したものだった。

 五〇機ほどのF6Fに守られた三四機のSB2Cと一七機のTBFのうち、戦闘機をのぞくすべての機体が「大和」に殺到する。

 それを見た「大和」艦長は魚雷の回避を優先させると宣言する。

 爆弾も魚雷も怖いが、「大和」にとってより怖いのは間違いなく魚雷のほうだ。


 その「大和」は先頭艦であるがゆえに行動の自由度が大きく、「大和」艦長の操艦の冴えもあってTBFが投下する魚雷をことごとく躱していく。

 それでも完全に躱しきることは出来ず、一本を艦中央部に食らってしまう。

 被雷を最小限に出来た代償として爆撃機に対する対応はおろそかになる。

 そこをSB2Cに突かれてしまう。

 雷撃機への対応とは異なり、急降下爆撃機の攻撃に対しては一切の回避運動を行わない「大和」、その彼女に向けてSB2Cが投じた爆弾が次々に命中、艦上で爆発が相次ぐ。

 そして、あろうことか、最後の機体が放った一〇〇〇ポンド爆弾が艦橋を直撃する。

 幸い、その爆弾は不発だったものの、だがしかし四五〇キロの重量物に貫かれた「大和」艦橋は阿鼻叫喚の地獄と化す。

 第一艦隊司令部の主要スタッフはすべてなぎ倒され、辺り一面に血の海が現出した。

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