第99話 新旧の差
「金剛」と「榛名」の思いもかけない奮闘によって、「長門」と「陸奥」はそれぞれ「サウスダコタ」級戦艦とタイマン勝負に持ち込むことが出来た。
このことで、第二艦隊司令長官の宇垣中将は正面からの殴り合いを継続する。
「長門」や「陸奥」が対峙する「サウスダコタ」級戦艦もまた、「アイオワ」級戦艦を基幹とする主力艦隊との合流を図るよりも自分たちとの勝負を選んだようだ。
あるいは、格下だと思っていた「金剛」や「榛名」に「サウスダコタ」級三番艦と四番艦が思わぬ苦杯を喫したことで相手の司令官は頭に血が上ってしまったのかもしれない。
いずれにせよ、今のところ第二艦隊は眼前の敵艦隊の誘引拘束に成功している。
目標は奇はてらわずに「長門」が敵一番艦、「陸奥」が敵二番艦を相手どるよう宇垣長官は指示していた。
最新装備を盛り込んだ米新型戦艦に対してこちらは旧式のそれながら、一方で乗組員たちはその誰もが数多の修羅場をくぐり抜けてきた練達の将兵だ。
「長門」と「陸奥」はインド洋で英重巡に、マリアナ沖では米戦艦に撃ち勝ち、そのことごとくを海の底へと沈めてきた実績もある。
特にマリアナ沖海戦では「長門」は「コロラド」を、「陸奥」は「ニューメキシコ」をそれぞれ撃沈し、さらに三隻もの手負いの米旧式戦艦を海底深く葬り去った。
いろはかるたに詠まれた「陸奥」と「長門」は日本の誇りというのは伊達ではないのだ。
「米国のテクノロジーに対して日本はそのテクニックで十分に対抗できる」
宇垣長官はそう考えていたが、実際のところ「サウスダコタ」級戦艦と「長門」型戦艦の地力の差は彼が思っていた以上に大きかった。
主砲口径や装甲の厚みといった表面上のスペックについては「長門」や「陸奥」のそれは決して「サウスダコタ」級戦艦に引けを取るものではない。
だが、主砲口径はわずかに「長門」型戦艦のほうが大きいのにもかかわらず、逆に砲弾重量は「サウスダコタ」級戦艦が二割以上も優越している。
さらに防御に関しても、装甲そのものの質やあるいは建付けや接合技術といった厚み以外の目に見えない性能においてもまた両艦の間には無視できない差があった。
さらに継戦能力を左右するダメコンについても、応急指揮装置の性能ならびに電話や電路の抗堪性や冗長性は明らかに「サウスダコタ」級戦艦のほうが優越している。
ガチンコ対決、互いに身を削りあう戦いはしかしその破壊力においても被害極限能力においても米側が一枚も二枚も上手であり、「長門」と「陸奥」は対峙する「サウスダコタ」級戦艦よりも早いペースで戦力を失っていった。
こうなってくると、距離を置いていったん避退するか、あるいは差し違え上等の接近戦を挑むかだ。
中間距離における真っ向勝負は「長門」や「陸奥」にとって明らかに分が悪い。
宇垣長官は「サウスダコタ」級戦艦に対して距離を取るよう命令する。
一見すると消極的に見えるが、第二艦隊の目的は第一艦隊が「アイオワ」級戦艦を撃滅するまでの間、「サウスダコタ」級戦艦を牽制して第一艦隊に近づけさせないようにすることだから問題は無い。
相手がこちらを無視して第一艦隊に近づくようなことがあれば、その時は再度肉薄すればいいだけのことだ。
接近戦をやれば間違いなく早い段階で勝負が決まってしまう。
もちろん、接近戦を挑んだとして「長門」や「陸奥」が勝てばそれはそれで構わないのだが、現状ではその可能性は極めて小さい。
改装によって高速戦艦となった脚を生かし、「長門」と「陸奥」は「サウスダコタ」級戦艦から距離を置こうと加速する。
だが、その差はなかなか広がらない。
宇垣長官にとって誤算だったのは「サウスダコタ」級戦艦はそのずんぐりむっくりとしたスタイルとはうらはらに二七ノットの速力発揮が可能だったことだ。
もちろん二七ノットというのは「長門」や「陸奥」に比べれば遅いが、しかし顕著な差でもない。
自分たちにとって都合の良い適切な間合いを取り続ける二隻の「サウスダコタ」級戦艦に対し、「長門」と「陸奥」はそれを振り切ることが出来ない。
その間も砲撃戦は継続され、互いに命中弾によってダメージが蓄積されていく。
二隻の「サウスダコタ」級戦艦と「長門」ならびに「陸奥」はいずれも中破と判定されるような損害を被っていたが、「サウスダコタ」級戦艦は二隻ともに小破に近い中破なのに対して「長門」と「陸奥」は大破に近い中破だった。
このままでは距離を置くことも出来ず、ただじり貧になるだけだと判断した宇垣長官は一転して最大戦速で二隻の「サウスダコタ」級戦艦に肉薄するよう命令する。
時間稼ぎという本来の趣旨からは外れるが、それでもここまで追い込まれた以上は致し方ない。
一発逆転を狙うには相応のリスクを取るしかない。
そう考え、命令を発しようとした瞬間、「長門」艦橋に強烈な光芒が、わずかに遅れてすさまじい轟音が押し寄せてきた。
「『陸奥』轟沈!」
見張りからの悲鳴のような報告に、宇垣長官は勝利の目が完全に無くなったことを悟る。
それでもなお、彼は突撃を止めるつもりはなかった。
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