第98話 老嬢の最期

 戦艦「金剛」が三〇ノットの快速を飛ばして四番艦の位置にある戦艦「アラバマ」に急迫する。

 「金剛」の意図を察した戦艦「榛名」のほうは必死の回避運動で「アラバマ」から放たれる主砲弾のそのことごとくを躱していく。

 だが、双方の距離が詰まるにつれて、当然のごとく「アラバマ」の狙いは正確になってくる。

 「金剛」が「アラバマ」に対して命中弾を得るのと、「榛名」が「アラバマ」の放った四〇センチ砲弾を食らったのはほぼ同時だった。

 装甲が分厚く四〇センチ砲対応防御をうたう「サウスダコタ」級戦艦といえども、至近距離で放たれた残速の大きい三六センチ砲弾には耐えられない。

 「アラバマ」の舷側装甲を食い破った「金剛」の三六センチ砲弾はそのまま機関室に飛び込み、二基のボイラーと一機のタービンを爆砕し、さらに同じ数のそれを使用不能に陥れた。

 艦の心臓部に大打撃を被った「アラバマ」は猛煙を吐き、徐々に速度を落としていく。


 一方、「アラバマ」の目を「金剛」からそらすために派手な砲撃を継続しつつ同艦との距離を詰めていた「榛名」だったが、それが仇となった。

 「アラバマ」の放った四〇センチ砲弾は「榛名」の四番砲塔直下に命中、高い残速を維持したそれは彼女の薄い装甲をあっさりと貫き弾火薬庫で炸裂する。

 その衝撃と熱は弾火薬庫にあった装薬や砲弾に火をつけ、「榛名」は大爆発を起こし猛煙を噴き上げる。

 ちぎれた艦尾から奔入する海水によって「榛名」の艦首は徐々に持ち上げられ、そのまま海面下へと引きずりこまれていった。


 姉の攻撃を成功させるために、その身を囮にあるいは間接的に盾となってくれた妹の最期に「金剛」が咆哮する。

 動きの衰えた「アラバマ」に対して三六センチ砲弾を矢継ぎ早に撃ち込み、次々に命中弾を与えていく。

 一方、一撃で「榛名」を討ち取った「アラバマ」もまた目標を「金剛」に置き換えるべく砲塔を旋回させる。

 だが、すでに「アラバマ」に対して正確な砲撃諸元を得ていた「金剛」は反撃の暇を与えない。

 「アラバマ」が諸元を得るまでに「金剛」はさらなる三六センチ砲弾を叩き込んでいく。

 先に逝った三人の妹たちの無念を晴らそうとするかのように、彼女はただただ砲撃を繰り返す。

 そのたびごとに「アラバマ」の艦体からは鮮血のような炎が噴き出していく。


 「金剛」の三六センチ砲弾によって至る所に大穴を穿たれた敵四番艦は自慢のダメコンもまた飽和状態に陥ったのか、猛煙を噴き上げるとともに自慢の四〇センチ砲も沈黙する。

 火勢は強くなりこそすれ、それが収まる気配も無い。

 撃沈はともかく、敵四番艦は明らかに戦闘不能となった。

 仮に沈没を免れてもそのダメージの大きさから二度と戦列に復帰することはないだろう。

 そう判断した「金剛」艦長は敵四番艦への攻撃を打ち切り、目標を敵三番艦に変更するよう命令する。

 敵三番艦は「金剛」が放った主砲弾が水中弾効果を発揮したことで少なからず浸水をきたし正確な砲撃が出来なくなっている。

 敵三番艦が注排水によってその水平を取り戻し、正確な砲撃を開始する前にしかるべき量の三六センチ砲弾を叩き込めば「金剛」の勝ちだ。


 敵三番艦、米軍が言うところの「マサチューセッツ」が先に砲撃を開始する。

 それを「金剛」を内懐に入れさせないための、つまりは狙いの粗い牽制射撃だと考えた「金剛」艦長はそれを意に介さず「マサチューセッツ」に猛迫する。

 外しようのない、そして三六センチ砲弾であったとしても確実に「サウスダコタ」級の装甲を撃ち抜けるポジションに至った「金剛」は、自艦の周りに立ち上る水柱を無視し、いきなりの斉射を浴びせにかかる。

 至近距離でしかも投影面積が大きい相手に試射は不要だと砲術長は判断したのだろう。

 だが、その頃には「マサチューセッツ」もまた優れた注排水装置によって完全に水平を取り戻していた。

 「金剛」の三六センチ砲弾が降り注ぐ直前、「マサチューセッツ」もまた斉射をかける。

 わずかな時間差を置いて着弾した両艦の砲弾はともに相手の装甲を食い破り、偶然にも同じ第一砲塔直下の弾火薬庫で炸裂した。

 結果もまた同じだった。

 「金剛」も「マサチューセッツ」も主砲弾の誘爆による内部からの爆圧に耐えられず艦を真っ二つに折って轟沈する。

 絵にかいたような差し違え。

 二隻の米最新鋭戦艦を道連れにした、英国生まれの老嬢の壮絶な最期だった。

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