第96話 突撃命令
第一艦隊と第三・一任務群が激突していたのとほぼ同じ頃、第二艦隊と第三・二任務群もまた戦闘を開始していた。
第二艦隊を指揮する宇垣司令長官は最初から中間距離で殴り合うような真っ向勝負はこれを避けるつもりでいた。
彼我の戦力差を考えれば、どうしてもそういった結論になる。
眼前の敵艦隊は戦艦が四隻に軽巡が八隻、それに駆逐艦が二四隻であることが索敵機からの報告ですでに分かっている。
一方、こちらは戦艦が四隻に重巡が一〇隻、それに駆逐艦が一五隻。
一見したところ、戦力は互角のようにも見えるが、米側がそのすべてを新鋭艦で固めているのに対し、こちらは新旧混在の寄せ集めだ。
駆逐艦こそ最新鋭艦を揃えることが出来たが、一方で主力となる戦艦はそのいずれもが大正時代に竣工した旧式で、その中でも「金剛」と「榛名」は明治時代に設計、建造が開始されたまさに老朽艦であり、対峙する「サウスダコタ」級に対しては二対一でも勝てるかどうか分からない。
「長門」と「陸奥」のほうは機関を換装して高速戦艦になったうえに金と資材をたっぷり使って防御力を向上させていたからある程度は新型戦艦と戦える能力を保持している。
それでも相手が三六センチ砲の「キングジョージV」級戦艦やあるいは三八センチ砲の「リシュリュー」級戦艦ならばともかく、さすがに四〇センチ砲を九門装備する「サウスダコタ」級戦艦が相手では不利は否めない。
重巡も最も新しい「高雄」型でさえ就役してからすでに一〇年以上が経過しているから、新鋭艦とは言い難い。
まともにぶつかれば第二艦隊の不利は否めない。
数少ないアドバンテージである将兵の練度や実戦経験の差を織り込んだとしても、それでも敗北する可能性が極めて高い。
それゆえ、宇垣長官は装甲の薄い「金剛」と「榛名」の防御力も考慮し、命中率の低い遠距離砲戦に徹するつもりだった。
さらに高速艦で編成された第二艦隊の特長を生かして回避機動も織り交ぜれば敵の射弾を回避出来る。
そうしている間に「アイオワ」級戦艦を基幹とする米水上打撃部隊を始末した第一艦隊が救援に駆けつけてくれる。
他者に頼るあなた任せの戦法を採用することに忸怩たる思いはあるが、しかし味方の被害を最小限に抑えることも指揮官が考えるべき責務の一つだ。
相手にこちらの意図を悟らせないよう、彼我の距離が三〇〇〇〇メートルにまで詰まった時点で砲撃を開始する。
ポーズだけの積極果敢な砲撃だ。
「長門」と「陸奥」の四一センチ砲は三八〇〇〇メートル、「金剛」と「榛名」の三六センチ砲であればその最大射程はそれぞれ三五〇〇〇メートルを超える。
ただ、理論上は射程圏内であったとしても、やはり三〇〇〇〇メートルというのはあまりにも遠すぎた。
観測機が使える状況にありながら、夾叉はもちろんのこと至近弾すらもなかなか得ることが出来ない。
景気の良い砲撃とは裏腹に、だがしかし確実に命中弾が期待できる間合いにまで踏み込んでこない第二艦隊に対し、第三・二任務群は第三・一任務群と第一艦隊が戦闘を繰り広げている方へとその舳先を向ける。
第三・二任務群の指揮官は劣勢な第二艦隊が戦うことよりも時間稼ぎを志向していることに気づいたのだろう。
このことで、宇垣長官は遠距離砲戦による第三・二任務群の拘束をあきらめ距離を詰めにかかる。
現在、第一艦隊は六隻の「アイオワ」級戦艦と二隻の未知の大型艦を主力とする米水上打撃部隊と戦っている。
そこへ四隻の「サウスダコタ」級戦艦が加われば第一艦隊の不利は決定的だ。
敵の水上打撃部隊の合流は是が非でも阻止しなければならない。
「敵艦隊との距離を詰める。ただし、まともに突っ込む必要は無い。変針を織り交ぜつつ肉薄せよ」
宇垣長官が発した命令によって「長門」艦橋に緊張が走る。
だが、大損害必至の命令に対してそれに反対する者はいない。
それが、勝利に対する必要経費であることをこの場にいる誰もが理解していたからだ。
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