第95話 戦艦VS駆逐艦

 第一艦隊の角田司令長官に一切の迷いは無かった。

 こちらに艦尾を向け、避退を図ろうとしている「アイオワ」級五番艦と六番艦に対する追撃をあっさりと打ち切り、すべての「大和」型戦艦の主砲をその「アイオワ」級戦艦の背後から抜け出すようにしてこちらに向かってくる一六隻の米駆逐艦に指向するよう命令する。


 七隻の「大和」型戦艦はこれまでのところ優勢に戦いを進めているが、決して余裕があるわけではなかった。

 一刻も早く眼前の敵を撃滅し、現在苦戦中の第二艦隊の救援に向かわなければならない。

 それぞれ二隻ずつの「長門」型戦艦と「金剛」型戦艦で同じ数の「サウスダコタ」級戦艦と対峙している第二艦隊はそう長くはもたない。


 四六センチ砲で駆逐艦を撃つというのは、普通に考えれば牛刀をもって鶏を割くような行為だ。

 だがしかし、ブリスベン沖海戦後に「大和」型戦艦はそのいずれもが副砲を降ろしていたから、高角砲を除けば主砲しか迎撃手段が無い。

 それになにより、駆逐艦が持つ魚雷は四〇センチ砲弾はおろか四六センチ砲弾よりもはるかに剣呑な代物だ。

 「大和」型戦艦であっても数発被雷すれば致命傷になりかねない。

 駆逐艦を小物だと考え、なめてかかっては足元を救われかねなかった。


 副砲が無いなか、相手が駆逐艦であれば高角砲も十全に活用したいところだ。

 装甲が無きに等しい駆逐艦は小口径砲弾でさえもそれなりにダメージを与えることが出来る。

 だが、「大和」型戦艦はそのいずれの艦も「アイオワ」級戦艦や大型巡洋艦との戦いで右舷側に大きな被害を受けており、使用可能なものはさほど多くない。

 だからこそ、主砲で撃退する。

 「大和」をはじめ七隻の戦艦から四六センチ砲弾が米駆逐艦に向かって次々に放たれる。

 米駆逐艦はその軽快な運動性能を生かして回避に努めるが、それでも魚雷攻撃を行うためにはかなりの至近距離にまで近づかなければならない。

 四六センチ砲弾が噴き上げる巨大な水柱を縫うようにして米駆逐艦は「大和」型戦艦に肉薄する。

 しかし、七隻もの「大和」型戦艦に対して一六隻の駆逐艦というのはあまりにもその数が少なすぎた。

 七隻の「大和」型戦艦は的が小さかったこともあり盛大に外れ弾を海中に叩き込んだが、それでも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの諺通り米駆逐艦に対して少ないながらも命中弾を得る。

 一方、一発でも四六センチ砲弾の直撃を食らった米駆逐艦は命中個所がどこであれ一隻の例外もなく航行に大きな支障をきたしてしまう。


 米駆逐艦にとって誤算だったのは、四六センチ砲弾の威力が予想以上に強大で、直撃せずともときに至近弾ですら大きなダメージとなったことだ。

 戦艦や巡洋艦と違って船殻の薄い駆逐艦は爆弾はもちろんのこと、炸薬の少ない徹甲弾の至近弾ですらその水中爆発の衝撃によって水線下の船体にダメージを被ることがある。

 爆圧によって船体を盛大に揺さぶられ、そのことで機関に不調をきたす艦もあれば、弾片に船体を切り刻まれるものもある。

 艦砲としては破格の威力を誇る四六センチ砲弾だからこその効果だ。

 そして、水線下に亀裂や破孔を穿たれたことによって、あるいは機関の損傷によって脚を奪われた軽快艦艇は牙を失った獣かあるいはただの脆弱な的でしかない。


 次々に落伍する僚艦を横目に、だがしかしそれでも難を逃れた七隻の米駆逐艦が一〇〇〇〇メートル以内にまで肉薄する。

 これに対し、今度は生き残った高角砲が猛射を浴びせにかかる。

 「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「紀伊」はそれぞれ片舷あてに一六門の一二・七センチ高角砲、「尾張」と「駿河」、それに「近江」はそれぞれ一六門の一〇センチ高角砲を指向出来る。

 それら高角砲は「アイオワ」級戦艦や大型巡洋艦との戦いで大きな被害を受けたが、それでも半数近くが使用可能だ。

 五〇門を超える高角砲が咆哮、四六センチ砲とともに米駆逐艦に砲弾の雨を降らせる。


 わずか七隻の駆逐艦で、同じく七隻もの「大和」型戦艦に魚雷攻撃を仕掛けるのは明らかに無謀だった。

 米駆逐艦は雷撃をあきらめ、煙幕を展張して避退を図る。

 これに対し角田長官はさっさと砲撃を中止し、第二艦隊の救援に向かうよう命令する。

 大きなダメージを被り、洋上を這うように進んで避退を図る「アイオワ」級の五番艦と六番艦を見逃すのはあまりにも惜しいが、なによりもまずは苦戦を強いられている第二艦隊の救援が優先される。

 角田長官は七隻の「大和」型戦艦を引き連れ、第二艦隊と「サウスダコタ」級戦艦を基幹とする米水上打撃部隊が干戈を交えている海域を目指す。

 その視線の先にある洋上からは、天に向かっていくつもの黒煙が立ち上っていた。

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