第93話 新型巡洋艦

 壮絶な戦艦同士の殴り合いが展開される一方で、巡洋艦や駆逐艦といった快速艦艇の戦いもまた熾烈を極めていた。

 「大和」型戦艦の近侍として常に第一線で戦い、数多の敵巡洋艦を屠ってきた第七戦隊は、だがしかしかつてない苦戦を強いられていた。

 対峙する敵は三連装砲塔を三基装備する標準的な米重巡で、数もこちらと同じだから「最上」型重巡を擁する第七戦隊であれば十分に互角以上の戦いが出来るはずだった。

 なにより、第七戦隊の乗組員は帝国海軍の中で最も激戦をくぐり抜けてきた練達の兵士たちなのだ。

 ぽっと出の巡洋艦に後れを取ることなどあり得ようはずもない。

 しかし、現状では押されているのは明らかに第七戦隊の側だった。


 「どうなっているのだ。相手が同格の重巡であれば『最上』型が撃ち負けることなどあり得ん。何が起こっている」


 第七戦隊旗艦「熊野」の艦橋で大森司令官はその表情に焦慮の色をにじませつつ周囲に問いかける。

 大森司令官は知らなかったが、現在第七戦隊が戦っている相手はそのいずれもが「ボルチモア」級重巡だった。

 「ボルチモア」級重巡は開戦の年に起工され、戦争の真っ最中に完成した米国の最新鋭重巡だ。

 建造が開始された時にはすでに日本と米国は険悪な状態だったから、帝国海軍のほうは「ボルチモア」級重巡の情報についてはほとんど入手出来ていない。

 その情報収集に困難を極めた「ボルチモア」級は、しかしこれまでの米重巡とは一線を画す戦力を持った容易ならざる相手だった。

 排水量は一四〇〇〇トン近くに及び、一〇〇〇〇トン前後だった従来の米重巡より大幅に排水量がアップしている。

 当然のことながら、新鋭艦ゆえに火器管制装置や応急指揮装置、それに電子兵装も最新のものがおごられ、総合性能においては世界の海軍列強が保有する重巡の中でも最良あるいは最強と言ってよかった。


 そのような「ボルチモア」級重巡のストロングポイントの中でも特に顕著なのが主砲の威力だった。

 海軍列強の重巡が放つ主砲弾はせいぜい一二〇キロ前後なのに対し、「ボルチモア」級のそれは一五〇キロを超えるSHSだ。

 装備が優秀なうえに、艦体サイズや砲弾重量がこれまでの重巡よりもワンランクもツーランクも上なのだから、つまりは「ボルチモア」級と正面からやり合って勝てる巡洋艦は世界中を探しても現時点では存在しえなかった。

 大森司令官としては当初、手練れ揃いの第七戦隊であれば同じ数の重巡であれば勝利は間違いなく、むしろさっさとそれらを片付けたうえで四対二の数的劣勢を強いられている第八戦隊の救援に向かう心づもりをしていた。

 だが、他の部隊を助けるどころか自分たちのほうもまた危ない。


 「『鈴谷』大火災!」

 「『三隈』速力低下、後落します!」


 耳をふさぎたくなるような報告が大森司令官のところに次々に飛び込んでくる。

 さすがにこれ以上の正面切っての殴り合いは危険だと判断した大森司令官は一時退避もやむなしと考え転舵の命令を出そうとする。

 だが、一瞬早く「熊野」の艦橋に一五〇キロを超える砲弾が飛び込んでしまう。

 その砲弾は信管が故障していたのか、爆発せずに「熊野」艦橋を貫通していった。

 だが、運悪くその進路上にあった第七戦隊司令部は大森司令官をはじめそのほとんどがなぎ倒されてしまった。






 四隻の「クリーブランド」級軽巡との撃ち合いを演じている第八戦隊の「利根」と「筑摩」もその戦況は圧倒的に不利だった。

 一六門の二〇センチ砲が発射速度の高い四八門の一五・二センチ砲に明らかに撃ち負けている。

 その戦力差を考えれば、ある意味で必然とも言えた。

 不利を悟った第八戦隊司令官は避退を命じる。

 真っ先に逃げに転じた「利根」はかろうじて離脱に成功するが、逃げ遅れた「筑摩」のほうはその姿が海面下に没するまで滅多打ちにされてしまう。


 日米の巡洋艦対決を制した米巡洋艦戦隊は次にその矛先を日本の水雷戦隊へと向ける。

 二隻の重巡と一五隻の駆逐艦を擁する日本の水雷戦隊は二倍近い数の米駆逐艦部隊をよく抑え込んでいたが、「ボルチモア」級重巡や「クリーブランド」級軽巡の乱入でそれも破綻してしまう。

 行動の自由を得た米駆逐艦が次々にその舳先を「大和」型戦艦に向ける。

 第一艦隊は戦争が始まって以来の危機を迎えようとしていた。

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