第92話 格の差
日米の戦艦が激しく撃ち合うなか、最初に敵に致命の一撃を与えたのは七隻の「大和」型戦艦の中でまっさきに傷物にされた「近江」だった。
戦艦列の最後尾に位置する「アラスカ」と「グアム」の大型巡洋艦、実質的には巡洋戦艦と言ってもいいこれら二隻に狙われた「近江」は有利なはずの遠距離砲戦であるのにもかかわらず先手を取られてしまった。
「アラスカ」と「グアム」はともに三〇センチ三連装砲塔を三基装備しているが、そこから発射される五〇〇キロを超える主砲弾はその口径を考えれば破格の重量弾だ。
そのうえ発射速度も戦艦としてみれば申し分ない。
「アラスカ」と「グアム」が放つ三〇センチ砲弾は「近江」のバイタルパートを貫くことは無かったが、それでも非装甲区画や艦上構造物に命中すれば少なくないダメージを同艦に与えた。
「これなら一撃必殺は無理でも一寸刻みにして失血死させられる」
「アラスカ」と「グアム」の二人の艦長が手ごたえを感じた時、ようやく「近江」が目標艦である「アラスカ」に対して夾叉を得る。
そして、斉射に移行してからの第一射で直撃弾を得たが、そこが機関室だったから「アラスカ」としてはたまらない。
機関室の周囲に張り巡らされた「アラスカ」の装甲をそれこそ紙のごとく突き破って飛び込んだ四六センチ砲弾はそこにあったボイラーを盛大に爆砕する。
シフト配置のおかげでボイラーが全滅することは免れたが、それでも動力源の半分を傷つけられては満足な機動など覚束ない。
急激に速度を衰えさせる「アラスカ」との衝突を回避すべく、後続の「グアム」が舵を切る。
しかし、それは「近江」に対するこれまでに得た射撃諸元がチャラになることを意味した。
その隙に「近江」もまた、目標を「アラスカ」から「グアム」に切り替えている。
仕切り直しの砲撃戦で先手を取ったのはまたしても「グアム」のほうだった。
だが、その差はほんのわずかでしかなく、少し遅れて「近江」もまた命中弾を得る。
両艦の殴り合いは、結局はサイズの差がものを言った。
基準排水量三〇〇〇〇トンの「グアム」に対して「近江」は六四〇〇〇トン。
「グアム」の三〇センチ主砲に対して「近江」のそれは四六センチであり、その砲弾重量の差は三倍近くにも達する。
階級があまりにも違う、つまりはまともに殴り合ってはいけない相手に、だがしかし「グアム」は真っ向勝負を挑んでしまった。
「近江」が一発命中させる間に「グアム」は射撃管制システムの優越ならびに発射速度の差を生かして二倍近い命中弾を得る。
しかし、ダメージの蓄積は「グアム」のほうが明らかに大きい。
「近江」が放つ四六センチ砲弾はどこに当たろうとも装甲を突き破り、「グアム」をしたたかに打ちのめしていく。
「グアム」は最新の応急指揮装置と優れたダメコンチームを抱える最新鋭艦ではあった。
だがしかし、あまりにも大きすぎる四六センチ砲弾の破壊力に、その被害対応能力はまったくといっていいほどに追いついていない。
艦内に荒れ狂う炎と煙に席巻された「グアム」は急速にその抵抗力を喪失していく。
「いかに『大和』型戦艦が強大であろうとも、しかし『アラスカ』級大型巡洋艦が二隻がかりで戦えば十分に対抗することが出来る」
戦前にそのようなことを考えていた「グアム」艦長とその乗組員たちは、しかし今ではその事前見積もりが甘かったのではないかといった後悔にも似た疑念を抑えることが出来ない。
それでもなお、勝利と生存をつかみとるために「グアム」乗組員らが必死の反撃とダメコンに邁進するなか、しかし「近江」が放った第六斉射のうちの一弾が第一砲塔至近に着弾する。
その四六センチ砲弾はそのまま装甲を貫き、さらに弾火薬庫にまで到達した時点でその爆発威力を解放する。
四六センチ砲弾が吐き出した熱と衝撃はそのまま弾火薬庫にあった装薬や砲弾に火をつける。
内部からの爆圧に「グアム」が耐えられる道理もなく、同艦は盛大な火柱と爆煙を噴き上げ、同時に第一砲塔から前の船体部分がちぎれてしまう。
続いて起こった浸水によって「グアム」は前方に大きく傾斜する。
一方、敵八番艦に決定的なダメージを与えたと判断した「近江」は再度目標を七番艦に定め直す。
機関の半分を使い物にならなくされ、速力の上がらない「アラスカ」に四六センチ砲の洗礼から逃れるすべは無かった。
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