第90話 接触
六隻の「アイオワ」級戦艦ならびに二隻の艦型不詳の大型艦を主力とする艦隊に第一艦隊を、四隻の「サウスダコタ」級戦艦を基幹とする艦隊には第二艦隊をぶつけるというのは理屈のうえでは適切な措置であった。
第一艦隊が米艦隊の中でも最強のそれを攻撃目標とするのは至極当然のことだ。
しかし、それでも第一艦隊の角田長官は後ろめたさのような感情を覚えずにはいられなかった。
第一艦隊は七隻の「大和」型戦艦で六隻の「アイオワ」級戦艦と二隻の艦型不詳の大型艦を相手どるのに対し、第二艦隊のほうはそれぞれ二隻の「長門」型戦艦と「金剛」型戦艦をもって四隻の「サウスダコタ」級戦艦と対峙しなければならない。
第一艦隊には「大和」型戦艦が七隻もあるのだから、一隻くらいは第二艦隊に回しても一向に構わない。
もし、そうすれば第二艦隊は戦艦に限って言えばその戦力をほぼ互角にしたうえで四隻の「サウスダコタ」級戦艦を基幹とした艦隊に対抗することが出来る。
だがしかし、それが現実的ではないことは角田長官自身が誰よりも理解していた。
もし、仮に最後尾にある「近江」を第二艦隊に差し向けたとしても、結局は艦隊運動に悪影響を与えるだけでメリットよりもデメリットのほうが大きいはずだ。
そのようなことを考えている角田長官の頭上では零戦とF6Fヘルキャットの日米戦闘機同士による制空権獲得のための戦いが始まっていた。
一〇〇機ほどの零戦に対してF6Fヘルキャット戦闘機はその二倍近くありそうだ。
誰もが零戦の不利、あるいは敗北を予想する中、しかし押しているのは明らかに零戦の側だった。
「先程までの洋上航空戦で生き残った者の多くが熟練だったのでしょう。そのうえ今回は特攻隊の護衛任務にあたっていた単機航法もこなせる手練れも数多く参陣しているはずです。つまりは日本のエース搭乗員たちが米母艦航空隊の平均練度の搭乗員たちを押している。ただそれだけです」
どうなっているのかと問いたげな角田司令長官の視線を忖度した航空参謀が少しばかり寂寥を含んだ声で答える。
裏を返せば、技量未熟な若年搭乗員はそのほとんどがすでに失われてしまったということだ。
戦闘機同士の戦いを優勢に進めているのにもかかわらず、航空参謀の声に喜色が無いのはそういったことだろう。
弱肉強食を地でいくような航空戦の実相にただ黙ってうなずきつつ、角田長官は戦闘機乗りに対する感謝を胸中におさめ、砲雷撃戦に意識を移す。
戦うべき相手は「アイオワ」級戦艦が六隻に艦型不詳の大型艦が二隻。
それに八隻の巡洋艦と三〇隻あまりの駆逐艦。
こちらは「大和」型戦艦が七隻に重巡が八隻、それに駆逐艦が一五隻。
味方の重巡や駆逐艦には無理をさせずに敵の補助艦艇の牽制に努めさせ、その間に「大和」型戦艦が敵の主力を叩く。
そして、眼前の敵艦隊を撃滅した後は速やかに第二艦隊の救援に向かう。
そう考え、角田長官はそのまま真っすぐレイテ湾に進むよう命令する。
そうすれば、敵艦隊は間違いなくこちらの動きを阻止しようとするはずだ。
しばしの航行の後、敵艦隊の姿が見えてくる。
すでにこちらに対してT字を描いているが、角田長官はそこに正直に突入するつもりはない。
敵が艦首を向けている方向に対してこちらも同じく艦首を向ける。
こちらの機動に対して敵艦隊は特に目立った動きを見せずにただ接近してくる。
敵艦隊は第一艦隊の挑戦を真っ向から受けるつもりなのだ。
「目標を指示する。
『大和』敵戦艦一番艦、『武蔵』二番艦、『信濃』三番艦、『紀伊』四番艦。
『尾張』五番艦、『駿河』六番艦、『近江』七番艦。対応艦を撃破した艦はただちに敵八番艦を攻撃せよ。
巡洋艦ならびに駆逐艦は敵の補助艦艇を第一戦隊ならびに第二戦隊に近づけないよう牽制せよ。数はこちらのほうが少ないから無理はするな」
一連の命令を出し終えた角田長官は米艦隊を睨み据える。
その目はマーシャル沖海戦の時とは少し違う、悲壮にも似た闘志の光を宿していた。
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