第89話 合戦準備!

 真っ先に米軍と干戈を交えた第三艦隊、その彼らが第一艦隊や第二艦隊にもたらしてくれたものは「エセックス」級空母の撃破や多数の敵艦上機の撃墜破といった経空脅威の減殺だけではなかった。

 特攻機の誘導任務も兼ねた四式艦偵が敵艦隊の構成についてもまた、かなり正確に確認してくれていたのだ。


 それら四式艦偵からの報告によれば、敵の水上打撃部隊は二群に分かれているという。

 そのうち主力と思しき一群は「アイオワ」級戦艦が六隻と、さらにそれをやや小ぶりにした大型艦が二隻。

 そして、それらを守るように八隻の重巡乃至大型軽巡と三〇隻あまりの駆逐艦が左右に展開しているという。

 残る一群は「サウスダコタ」級戦艦が四隻にこちらも八隻の重巡乃至大型軽巡、それに二十数隻の駆逐艦がこちらも同様の陣形を敷いているとのことだ。


 「二隻の大型艦についてどう考える」


 第一艦隊司令長官の角田中将は砲術参謀に端的に尋ねる。


 「艦型が『アイオワ』級に酷似しているとの報告を信じるのであれば速度性能に重点を置いた艦でしょう。おそらくは大型巡洋艦かと思われます。企画倒れに終わったこちらの超甲巡あるいはドイツ海軍が保有する『シャルンホルスト』や『グナイゼナウ』に対応する艦で、主砲口径は二八センチあるいは三〇センチといったところでしょう。

 もちろん、一対一で戦うぶんにおいては『大和』や『長門』の敵ではありません。ですが、装甲の薄い『金剛』型戦艦にとっては強敵、重巡以下の艦艇にとっては間違いなく天敵と言っていい存在です」


 自身の見立てと同じだった砲術参謀の見解にうなずきつつ、角田長官は脳裏で彼我の戦力差について算盤を弾く。

 戦艦の戦力についてはこちらの一一隻に対して米側は一〇隻。

 単純な数で言えばこちらのほうが優勢だが、しかし一方で米側がすべて新型で揃えているのに対してこちらは一一隻のうちの四隻までが旧式戦艦だからふつうに考えればわずかに不利といったところだ。

 だが、こちらの新型戦艦はすべて「大和」型であり、その攻撃力と防御力は米戦艦のそれを一枚も二枚も上回る。

 戦艦に関する限りにおいては間違いなくこちらが優勢。

 それゆえに、角田長官はこのことについては何ら問題は無いと考えていた。


 むしろ心配なのは補助艦艇のほうだった。

 巡洋艦はこちらが重巡が一八隻なのに対して米側は重巡もしくはそれに匹敵する戦力を持つ大型軽巡が一六隻。

 数でこそ勝るが、しかしこちらは一八隻のうちの四隻が戦力の小さな「古鷹」型かあるいは「青葉」型だ。

 戦力的にはほぼ互角といえるが、ここに二隻の大型巡洋艦が加われば天秤は米側に大きく傾く。

 一方、駆逐艦のほうは日米で二倍近い開きがあるから、こちらは明らかに不利だった。


 戦前の予想では米軍の水上打撃部隊の戦力は戦艦が一〇隻に巡洋艦が同じく一〇隻程度、それに駆逐艦が三〇隻余と見積もられていたから、補助艦艇に関しては悪い意味で予想を外してしまった。

 もし、米機動部隊が大きく戦力を低下させていなければ、第一艦隊と第二艦隊は想定外の米巡洋艦や米駆逐艦の増勢も相まって大苦戦、下手をすれば全滅ということもあり得たはずだ。

 しかし、情報戦のミスを第三艦隊の将兵が、特攻隊の搭乗員らがチャラにしくれた。


 「敵の巡洋艦や駆逐艦の充実ぶりは想定外だったが、それでも状況は戦前に考えていたものよりずいぶんとマシになっている。それもこれも飛行機屋たちのおかげだ」


 そう考える角田長官に電探操作員から報告が上げられる。


 「後方から編隊。距離七〇キロ、機数約一〇〇。第三艦隊から発進した艦上機と思われます」


 電探操作員の言う通り、生き残った六隻の空母から飛び立った友軍戦闘機隊だろう。

 第一艦隊と第二艦隊に傘を差しかけるために発進したのだ。

 この戦いが始まるまでは第三艦隊には予備を含めて三〇〇機以上の戦闘機があったのだが、しかしすでにその稼働戦力は三分の一にまで撃ち減らされてしまっている。

 失われた機体のうちの四〇機は生還確率ゼロパーセントの任にあたった特攻機だ。

 そんな彼らの献身と犠牲を決して無駄にすることは出来ない。


 「全艦合戦準備! 皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ!」


 無駄な装飾を省いた、しかし帝国海軍にとって縁起の良い言葉で角田長官は命令を発する。

 多数の戦艦を含む日米主力艦隊の激突は目前だった。

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