第88話 猛将の決意

 「第三艦隊の特別攻撃隊は七隻の『エセックス』級空母を撃破、しかもそのいずれもが発着艦不能になるほどの損害を与えたとのことです。ですが、一方でこちらは甲部隊が生き残った四隻の『エセックス』級空母から発進したと思われる敵艦上機の空襲に遭い、『加賀』と『龍驤』、それに『日進』が被弾、そのいずれもがすでに撃沈されたかあるいは復旧の見込みが立たず総員退艦命令が出されています」


 航空参謀の報告に、第一艦隊司令長官の角田中将は洋上における空の戦いの苛烈さに何とも言えない思いにとらわれる。

 帝国海軍の中において、序列的には第一艦隊を指揮する貫目ではない角田中将が司令長官に就任しているのはひとえにマーシャル沖海戦での勲功が評価されてのことだ。

 「マーシャルの英雄」と呼ばれた高須大将がブリスベン攻撃失敗の責任をとって第一線から身を引き、さらに沢本大将もまたマリアナ失陥によってその職を解かれた。


 「現在の帝国海軍において、最終決戦と目されるフィリピン攻防で第一艦隊の指揮を委ねることが出来るのは『マーシャルの猛将』と呼ばれた角田中将をおいてほかに無い」


 年功序列あるいはハンモックナンバーに固執する海軍上層部も、組織内で日ごとに大きくなる角田待望論には抗しきれず、異例の若さ? による角田中将の第一艦隊司令長官就任が決定した。

 だが、それでもやはり海軍内部における年功序列の呪縛は大きい。

 なので、角田中将より先任だった当時の第二艦隊司令長官と第三艦隊司令長官をこじつけの理由で転出させ、その後釜にそれぞれ宇垣中将と大西中将を据えることにした。

 宇垣中将と大西中将はともに海兵では角田中将の一期下にあたり、中将昇進も同じかあるいは後だったので問題は無かった。


 そのうち、第三艦隊司令長官の大西中将は撃沈された「加賀」と運命を共にしたという。

 角田中将としては自分が第一艦隊司令長官を引き受けることで大西中将が今日死ぬことになったのではないかと考えてしまうが、しかしそのことは無理やり思考の外に叩き出した。

 今はそのことに思い悩んでも詮無きことだし、第一艦隊司令長官として成すべきことが山積している。

 現状やるべきことは大西中将が指揮した第三艦隊が挙げた戦果、それをどう生かすかだ。


 フィリピンを巡る戦いにおいて、日米の戦力は水上打撃部隊こそ拮抗しているが航空戦力に関しては圧倒的に米側有利だった。

 一一隻の「エセックス」級空母を擁する米機動部隊の艦上機は少なく見積もっても一一〇〇機なのに対し、日本の九隻の空母のそれは三五〇機あまりとその差は三倍以上もの開きがあったからだ。

 性能向上が著しい艦上機は水上艦艇にとって明らかに脅威であり、日米の戦いではブリスベン沖海戦を除き、いずれも洋上航空戦を制した側が勝利している。

 このことを重視する第三艦隊司令長官の大西中将は、その不利を覆すために当人をして統率の外道と呼ばしめる禁忌の策を発動させる。

 零戦による体当たり攻撃だ。


 帝国海軍始まって以来の組織的十死零生の作戦は、しかし予想外の大戦果をおさめる。

 一度に「エセックス」級空母を七隻も撃破し、一方的な敗北になるはずだった洋上航空戦をイーブン近くにまで持ち込んだ。

 一方で犠牲も大きく、四〇人の特攻隊員は一人の例外も無く、そのすべてが戦死している。

 また、米機動部隊の反撃にあった第三艦隊甲部隊のうち、「加賀」と「龍驤」、それに「日進」の三隻が撃沈され、護衛艦艇もその多くが大なり小なり傷を負った。

 そして、大西長官以下第三艦隊司令部スタッフもまた「加賀」と運命を共にし、現在は第二航空戦隊司令官が大西中将に代わって指揮を執っているという。

 いずれにせよ飛行機屋は、特に特攻隊の搭乗員たちはその身を、その命をもって米水上打撃部隊と互角に戦えるお膳立てを整えてくれた。


 「鉄砲屋として、飛行機屋の奮闘や献身を無駄にすることは出来んな」


 先に逝った戦友たちに感謝を捧げつつ、角田中将は前を見据える。

 レイテ島に上陸した米軍を叩き潰すために進撃を続ける自分たちの前に敵の水上打撃部隊は必ず現れる。

 その戦いにおいて、勝利のカギを握る七隻の艨艟に彼は胸中で呼びかける。


 「頼んだぞ『大和』、そしてその妹たち」


 激突までに残された時間はほとんど無かった。

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