第87話 航空主兵の夢想

 急降下爆撃機と雷撃機がそれぞれ五〇機ほど、それに護衛の戦闘機が八〇機程度といったところか。

 敵の第一次攻撃隊が二〇〇機ほどのF6Fヘルキャット戦闘機だったことが分かっているから、つまりは米機動部隊の指揮官は四隻の空母に残ったすべての機体をこちらに差し向けてきたのだろう。

 思い切りの良い指揮官だ。

 胸中で称賛を送る大西長官の目に、敵の戦闘機と急降下爆撃機、それに雷撃機が分離していく姿が映り込んでくる。


 「直掩隊は何をやっているんだ!」


 黒島参謀長の怒声を聞き流しつつ大西長官はすでに「加賀」の命運が尽きたことを悟っている。

 二一六機の直掩隊は敵の第一波を食い止めるのが精いっぱいだったのだろう。

 技量未熟な搭乗員が多く含まれている現状ではそれも致し方ない。


 真っ先に突っ込んできたのは急降下爆撃機でも雷撃機でもなく護衛のF6Fだった。

 「加賀」や「龍驤」、それに「日進」への接近を阻止すべく、周囲の護衛艦艇が高角砲や機銃を撃ちかけるが、相手が速すぎててんで当たらない。

 F6Fは低空に舞い降り、次々に六条の火箭を撃ちかけてくる。

 その銃弾は飛行甲板の両端にあるスポンソンに集中し、F6Fが空母の上空を通り過ぎるたびにこちらの対空砲火は目に見えて衰えていく。


 三隻の空母の対空砲火が十分に弱まったことを確認したのだろう。

 戦闘機に続き、急降下爆撃機と雷撃機が攻撃態勢に移行する。

 これらのうちの半数が「加賀」、残る半数が二手に分かれて「龍驤」と「日進」を狙う動きだ。

 合わせて五〇機にも及ぶ急降下爆撃機や雷撃機の集中攻撃を受ければ、帝国海軍の空母の中で最も優秀な防御力を誇る「加賀」といえどもさすがに撃沈は免れない。

 相手が下手くそであればまだ少しは希望があるが、大西長官が見たところこれら編隊は見るからに整然としており、つまりは相当に錬度が高いことを示唆している。


 「魚雷を優先して回避します。被爆はご容赦ください」


 「加賀」艦長の言葉に大西長官はうなずき、黒島参謀長は顔面を蒼白にする。

 事ここに至っては仕方がない。

 二〇機を超える雷撃機と同じ数の急降下爆撃機に狙われて全弾回避など出来ようはずもないからだ。

 ダメージを考えれば、爆弾よりも魚雷を優先して回避するのは合理的な判断だ。


 単発機にしては大柄な機体が、左右から「加賀」を包み込むようにして迫ってくる。

 帝国海軍将兵の間ではすでにお馴染みとなったTBFアベンジャー雷撃機だ。

 「大和」型戦艦にすら深手を負わせることの出来る剣呑極まりない存在。


 左の編隊が先に仕掛けると判断した「加賀」艦長は取舵を命じる。

 同時に「加賀」の両舷に水柱が立ち上る。

 雷撃機に先んじて攻撃を仕掛けてきた敵の急降下爆撃機、それらが投じたおそらくは五〇番クラスの爆弾が海中に飛び込んだのだ。

 そのわずか後、今度は「加賀」の飛行甲板に爆煙が立ち上る。

 飛行甲板中央に一つ、さらに前部と後部にもそれぞれ一つずつ。


 「加賀」がうち震えるなか、最後の機体が投じた一〇〇〇ポンド爆弾がよりにもよって艦橋至近に命中、その強大な爆発威力は「加賀」艦長や第三艦隊司令部スタッフを根こそぎなぎ倒した。

 一瞬気を失った後、腹部に生じた激痛によって大西長官の意識が覚醒する。

 視界が少しばかり赤く染まっているのは目に血が入ったからか。

 そんな大西長官の目に、さらに赤く染まって動かなくなった黒島参謀長の姿が飛び込んでくる。


 「参謀長、思いのほか天罰が下るのが早かったようだな」


 特攻という人の道を踏み外した作戦立案に自分とともに邁進した参謀長の変わり果てた姿を見て大西長官は自嘲の言葉を吐く。

 まだ若い搭乗員に十死零生の酷い定めを強いたのだ、この程度の報いは受けて当然だろう。

 薄れゆく意識とともに腹部の激痛もまた収まっていく。

 大西長官は最後に夢想する。

 もし、帝国海軍が大艦巨砲主義ではなく航空主兵主義へと舵を切っていればどうなっていたのだろうかと。

 今となっては詮無きことだと理解はしていてもやはり考えずにはおれなかった。

 だが、それもすぐに終わりを告げる。

 艦橋を破壊され、直進するだけとなった「加賀」の両舷に多数の水柱が立ち上ったからだ。

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