第85話 特攻隊
特別攻撃隊、略して特攻隊と名付けられた索敵攻撃隊が一度に七隻もの「エセックス」級空母を撃破した。
その報告が入ってきた時、第三艦隊旗艦「加賀」の艦橋にいた面々の表情は様々だった。
大西長官は何かに耐えるようにただ黙ってうなずき、対照的に黒島参謀長はまさに欣喜雀躍、特攻隊が挙げた戦果に大喜びしていた。
「わずか四〇機の零戦が敵の大型正規空母を一度に七隻も撃破したのですぞ。特攻兵器、あるいは特攻作戦の採用が正しかったことがこれで証明されたのです。
長官、今からでも遅くはありません。志願者を募って敵機動部隊に対して第二次攻撃を仕掛けましょう。四〇機で一一隻のうちの七隻を撃破したのですから、残る四隻に対しては二〇機もあれば十分です。これらに十分な護衛をつければ必ず米空母を全滅させられます!」
大戦果に幻惑されたのか、勢い込んで特攻第二段を提案する黒島参謀長に、だがしかし大西長官は首を振る。
「四〇機の零戦があれだけの戦果を挙げたのはひとえに敵の虚を突いたからだ。しかし、今となっては敵も警戒を厳にしているはずだ。そうそう同じ手が何度も通じるほど米軍は愚かではない」
自分と同じ特攻の推進者でありながら、一方で消極的な態度を取る大西長官に対し黒島参謀長がそれでも食い下がる。
「『加賀』の機体だけでもいいのです。『加賀』にはまだ零戦が二四機残っています。それに、四式艦偵も接触維持任務についていない機体が数機あったはずです。
これらで特攻隊を編成して米機動部隊にぶつければ、残る四隻の敵空母の撃破も夢ではありません。必要であれば私が直接出向いて搭乗員たちの説得にあたります」
この言葉にはさすがに「加賀」艦長も嫌な顔を隠そうとしないが、しかし黒島参謀長はそれに頓着することなく自説の正しさを滔々と話し続ける。
ちょっとした押し問答のあと、さらに黒島参謀長が何かを言い募ろうとした時、深刻な表情をした通信参謀が話に割り込んでくる。
「前衛の第一艦隊からの報告によりますと、敵編隊がこちらに向かっているとのことです。距離は第一艦隊の南南西七〇浬、その規模は約二〇〇機。敵空母から発進した艦上機と思われます」
通信参謀の報告に首肯しつつ、大西長官は黒島参謀長に向き直る。
「話はここまでだ、参謀長。我々は敵の迎撃に当たらねばならん。
敵の第一次攻撃隊はおそらくはすべて戦闘機で固めているはずだ。だが、それでも無視は出来ん。戦闘機に対艦攻撃力が無かったのは今や昔の話だからな」
一昨年秋に出現したF6Fヘルキャット戦闘機はそれまでの戦闘機とは違い大量の爆弾を搭載出来た。
両翼に二五番かあるいは五〇番と同程度と思われる爆弾を搭載でき、さらに真偽は不明だが魚雷を抱えた機体の目撃情報まで上がっている。
実際、沖縄や台湾の飛行場を穴だらけにしたのはSB2CやTBFといった急降下爆撃機や雷撃機ではなくそのほとんどがF6Fによる仕業だったし、さらに少なくない輸送船や漁船もまた同機の餌食となっている。
大西長官の指摘に対して不満気な表情を隠そうともしない黒島参謀長だが、しかしその彼もまたF6Fが大量の爆弾を搭載できる剣呑な機体であることは知っている。
もし、こちらが迎撃機を出さず、かつ彼らが爆装していた場合は目も当てられない惨事が引き起こされるのは確実だ。
「了解しました、長官。現状では仕方がありません。特攻の話は迎撃戦闘が終わってからとします」
不承不承ではあるが黒島参謀長がひとまず矛を収めたことで「加賀」艦橋に安堵の空気が流れる。
同時に大西長官はすべての零戦を迎撃のために発進させるよう命じる。
それからほどなくして、「加賀」をはじめとした九隻の空母から各二個中隊、合わせて二一六機の零戦が飛行甲板を蹴って南の空へと消えていった。
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