第84話 激昂の雄牛提督
第三艦隊を指揮するとともに、空母「エセックス」で第三・三任務群もまた直率するハルゼー提督は信じられないものを見る思いだった。
バンクをし、友軍機を装った二機の敵機に対して第三・三任務群の各艦の反応は遅れ、同機体の輪形陣への侵入を許してしまう。
二機が敵機、それも零戦であると分かった時点でようやく対空戦闘が開始される。
各艦に山のように積まれた四〇ミリ機関砲や二〇ミリ機銃によって一機を撃ち落とし、残る一機にも火を噴かせたまではよかった。
だが、その機体はあろうことか空母「フランクリン」に対して体当たりを敢行したのだ。
当時、「フランクリン」の飛行甲板には燃料を搭載した艦上機が並んでいた。
零戦はそれら艦上機の列に突入して爆散、その衝撃と熱は飛行甲板上にあった機体を燃え上がらせる。
不幸中の幸いだったのは、その爆発被害が格納庫から上の部分だけで済んだことだ。
「フランクリン」は艦上機の離発艦能力こそ喪失したものの、一方で航行には支障が無く速やかな戦線離脱が可能だった。
それでも同艦が離発艦能力を喪失したことは厳然たる事実であり、この時点で一〇〇機を超える航空機が日本艦隊との戦闘前に戦列から失われてしまうことが決定づけられる。
だが、それでもここまではハルゼー提督も納得がいった。
被弾によって生還が期しがたいものであると悟った零戦の搭乗員が爆撃ではなく自爆を選択したのだと。
もし、自身が零戦の搭乗員と同じ立場だったとしたら、やはり同じことをしたはずだ。
敵を褒めるつもりは無いが、それでもあっぱれなその心意気を認めることについてはハルゼー提督も同じ軍人としてやぶさかではない。
だが、ハルゼー提督はすぐに自身の考えがとんでもない思い違いだったことを思い知らされる。
次の攻撃もまた二機の零戦によるもので、そのうちの一機は対空砲火によって撃墜されたが、残る一機は緩降下爆撃を行う素振りすら見せずに「レキシントン2」に突入、同艦の飛行甲板に大穴を穿った。
ここにきてハルゼー提督は悟る。
連中は索敵攻撃を仕掛けてきたのではなく、スーサイドアタックを攻撃手段として用いたのだと。
そんなハルゼー提督のもとに最悪の報せが次々に飛び込んでくる。
「敵の自爆攻撃によって『バンカー・ヒル』と『ヨークタウン2』が被弾、両空母ともに艦上機の離発艦不能!」
「すべての空母に敵機が突入、いずれも艦上機の離発艦不能!」
索敵攻撃に見せかけた敵のスーサイドアタックによって第三・四任務群は四隻のうちの二隻、第三・五任務群はすべての「エセックス」級空母が短時間のうちに戦力を喪失してしまった。
「こんなのは戦争じゃねえ! 黄色い猿どもは搭乗員の命をなんだと思ってやがるんだ!」
激昂するハルゼー提督に、参謀長をはじめとする司令部スタッフは何も言えずにいる。
それだけ自爆攻撃のショックが大きかったのだ。
ここにいる誰もが米国と日本の精神文化については相容れないものが多いことを承知している。
それでも人命が何にも増して大切なことは人類としての共通認識だと思っていた。
だが、日本軍の連中は仲間であるはずの搭乗員の命を目先の勝利をつかむための生贄とした。
「反撃するぞ! たとえ志願であったとしても、搭乗員に自爆攻撃をさせるような連中を放っておくわけにはいかん!」
そう叫ぶハルゼー提督のもとに、友軍索敵機が二群の水上打撃部隊と三群の機動部隊を発見したとの報告が入ってくる。
さらに三群ある敵機動部隊のうち、中央のグループには明らかに他の空母とは一線を画す大型空母が存在するとのことだ。
「第三・三任務群ならびに第三・四任務群は敵の中央の空母群に対して集中攻撃をかける。直掩機を残す必要は無い。すべての艦上機をもって敵空母を撃滅せよ。
この地球上から非道な連中をすべて叩き出してやれ! キル・ジャップスだ!」
こちらの意表を突いた敵のスーサイドアタックによって一一隻あったはずの「エセックス」級空母は四隻にまで撃ち減らされてしまった。
それでもハルゼー提督の闘志はいささかも衰えない。
彼は悪魔に魂、ではなく搭乗員の命を売った連中を生かして返すつもりは無かった。
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