第83話 索敵隊攻防

 「日本の索敵機ですが、いずれも妙な反応を示しています。単機かと思えば二機、場合によって三機以上ではないかと思えるものもあります」


 レーダーオペレーターの困惑交じりの報告にハルゼー提督は航空参謀をちらりと見やる。

 ハルゼー提督の視線を忖度した航空参謀が推測ですがと断りつつ日本軍の意図について自身の考えを述べる。


 「日本軍は索敵機に護衛の戦闘機を帯同させるようにしたのかもしれません。マリアナ沖海戦において我々は大々的に索敵機狩りを行いましたが、そのことに対する日本軍の対抗措置かと思われます」


 航空参謀が言うように、昨年のマリアナ沖海戦の際に米機動部隊はその所在の暴露を防ぐためにレーダーが捉えた日本の索敵機に対して積極排除に打って出た。

 手練れが駆るF6Fヘルキャット戦闘機を航空無線で誘導、日本の機動部隊が放った偵察機に差し向け、その多くを撃墜あるいは撃退した。

 広大な太平洋で単機航法が可能な熟練搭乗員は米国にとっても日本にとってもなにより貴重な存在だ。

 そんな彼らを無為に失わないように護衛の戦闘機をつけたのではないかという航空参謀の推測には一定の説得力があった。


 「おそらく、航空参謀の言った通りだろう。どうやら反省だけなら黄色い猿でも出来るようだな。ならばこちらもその対抗策として迎撃機の数を増やすことにしよう。敵の偵察機に対してはペアによる迎撃から二倍の一個小隊でこれを行う。

 少し大げさかもしれんが、しかし迎撃機をケチったことで撃ち漏らしが出るのもバカバカしいし、こちらの所在を秘匿するための必要経費と思えばむしろ安いものだ。それになにより連中の貴重な手駒であるベテランパイロットを潰す絶好の機会でもある」


 そう言ってハルゼー提督は二〇個小隊、八〇機ものF6Fを発進させた。






 「加賀」から四式艦偵が八機に零戦が三二機、「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ四式艦偵六機に零戦が二四機の合わせて一〇〇機からなる索敵隊は南西から南東にかけて二〇の索敵線を形成していた。

 一機の四式艦偵に四機の零戦が付き従うが、零戦のうち二機は落下式増槽、他の二機は二五番を腹に抱いている。

 彼らは敵のレーダーに単機と誤認させるよう、可能な限り密集して飛行していた。


 そこへ米機動部隊から緊急発進したF6Fが襲撃をかける。

 四機のF6Fに対して二機の零戦が増槽を切り離し、残る四式艦偵と二機の零戦は速度を上げてなおも前進を図る。

 四機のF6Fに立ちはだかった二機の零戦の搭乗員は今ではすっかり数の減った熟練だ。

 サッチウィーブあるいは機織り戦法といった米戦闘機が繰り出す死の罠を何度もくぐり抜けてきた歴戦の搭乗員たち。

 彼らはF6Fの撃墜や撃破は度外視して時間稼ぎ、いわゆる遅滞戦術に徹する。

 米戦闘機相手に厳禁とされる単機戦闘もこの状況では最適解だ。






 敵は三機と二機に分離し、三機のほうはそのまま直進し、残る二機が自分たちを抑えるべく立ちふさがる。

 二機の零戦と対峙することになったF6Fの搭乗員は眼前の機体を操るのがベテランであることをその確かな機動であっさりと見抜く。

 友軍艦隊に向かっていった三機を追撃すれば、その側背を二機の零戦が突いてくることは間違いない。

 四機のF6Fを率いる小隊長は三機の追撃をあっさりと断念し、二機の零戦の始末にかかる。

 残り少なくなった日本軍の熟練搭乗員をここで削っておけば、彼らに対する打撃ははかり知れない。


 だが、そのことで二機の零戦は本来任務である四機のF6Fの拘束に成功する。

 そして、彼らは高性能な機体とこれまで培ってきた自身の技量によってF6Fを翻弄する。

 他の編隊も同様で、F6Fの発見が遅れて奇襲を食らったチームもいくつかあったが、それ以外の索敵隊は護衛戦闘機の献身と健闘もあってそのまま米艦隊を目指した。






 迎撃に出したF6Fの多くが日本機の阻止に失敗するという予想外の展開。

 その結果、それら濃密な索敵網から逃れる術はいかに世界最強の米第三艦隊といえども持ち合わせていない。

 一方、米機動部隊を発見した四式艦偵からは同部隊の位置や的針、それに的速が平文で発せられる。

 さらに誘導電波も発信され、他の索敵線を飛ぶ友軍の機体を呼び寄せる。

 米機動部隊から対空砲火が撃ち上げられるなか、二機の零戦が緩降下に遷移する。

 だが、それは米将兵が思い描いた緩降下爆撃ではなかった。

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