第81話 猛牛の懸念

 ハルゼー提督率いる第三艦隊は一一隻の「エセックス」級空母を基幹とする機動部隊で沖縄や台湾を空襲、その圧倒的な数の力で同地に配備されていた日本側航空戦力に大打撃を与えた。

 しかし、日本側も一方的にやられたわけではなく、陸海軍ともに投入可能な戦力をもって果敢に反撃、米母艦航空隊に少なくない損害を与えている。

 それでも、第三艦隊に所属する第三・七任務群の護衛空母から損耗した機体の補充を受けることで、機動部隊の航空隊は依然としてその定数を維持していた。


 「未帰還が五〇機あまりに修理不能の機体が一〇〇機ほどか。予想よりは多かったが、それでも許容範囲ではあるな」


 沖縄、それに台湾沖航空戦の損害報告に、ハルゼー提督はこの時期においても日本の航空隊がそれなりの戦力を残していたことに意外な感を覚えている。

 二年近く前に生起したブリスベン沖海戦。

 豪州第三の都市にその矛先を向けてきた日本艦隊を追い払って以降、米国を中心とした連合国軍空軍部隊は常に日本の航空戦力に対して圧力、もっと言えば消耗戦を強いてきた。


 米国より遥かに国力が劣るはずの日本がここまで連合国軍航空戦力の猛攻に耐えてこられたのは彼らが早期に戦線を縮小して反撃密度を上げたこと、さらにドイツからの技術支援が大きい。

 Fw190をはじめとした高性能戦闘機は米軍のP40やF4Fに対して性能で明らかに上回り、新鋭のP38やF6Fですらも苦戦を免れない。

 また、日本軍が運用する早期警戒システムについてもその技術サポートにドイツが一枚も二枚も嚙んでいることもすでに調べがついている。

 さらに、日本軍機はこちらが想像している以上に稼働率が高く、それらもまたドイツから持ち込まれる潤滑油や電装系部品による恩恵が大きいらしい。

 日本側もドイツの重要性については重々承知しているようで、旧式軽巡や旧式駆逐艦、それに大量の海防艦や駆潜艇で南方戦域を包括した日欧航路の維持に努めている。


 米軍にとって厄介なのは、日本の護衛部隊が旧式艦でさえドイツ製の高性能ソナーを装備していることだ。

 このことで、撃沈あるいは行方不明となる友軍潜水艦が続出していた。

 この日本の厳重な海上交通線保護政策によって、米軍の通商破壊戦はことのほかうまくいっていない。

 商船の撃沈数にしても戦前に想定していたそれの半数にすら届いていない。

 まあ、その理由の半分は不発魚雷のせいによるものだったのだが。

 いずれにせよ、これらのことが米国を相手に三年以上の長きにわたってなお日本が屈しない大きな要因となっていることは間違いない。


 だがしかし、米軍がフィリピンを奪還すればこの構図は完全に覆る。

 米軍がフィリピンを押さえれば、日本はドイツとの連絡線が遮断されるだけでなく、南方資源地帯からの物資輸送もまた途絶することになる。

 必要な資源の多くを海外に依存する日本がそれを断たれればどうなるのかは同じ島国である英国の窮状がすでに証明している。

 そして、英国には米国という大きな後ろ盾があるが、日本にはそれが無い。

 だからこそ、米軍がフィリピンに手をかけようとすれば連合艦隊は間違いなく出撃してくる。

 こちらはすでにレイテ島から東に一〇〇キロほど離れたスルアン島にレンジャー部隊を上陸させている。

 日本軍もこのことはすでに察知しているはずだ。


 「長年にわたる黄色い猿どもの抵抗もこれまでだな」


 ハルゼー提督はそのことを確信している。

 日本海軍には艦隊戦で使えるそれなりの脚を持った空母は九隻しかなく、そのうちでまともなものは「加賀」と「蒼龍」、それに「飛龍」の三隻のみで残る六隻は小型空母かあるいは改造空母だ。

 これら九隻の搭載機数はせいぜい三五〇機程度でこちらの三分の一以下でしかない。

 言うまでもないが、近代海戦において制空権の有無は勝敗を分ける大きな要因となる。

 そのことはブリスベン沖海戦やマリアナ沖海戦の結果が雄弁に物語っている。

 さらに洋上航空戦力と同様、水上打撃艦艇のほうも日米の戦力差はすでに隔絶しており、まともにぶつかれば第三艦隊は連合艦隊を鎧袖一触で葬り去ることが出来るはずだ。


 「だが・・・・・・」


 ハルゼー提督は友軍が圧倒的に有利であるのにもかかわらず嫌な予感を覚えている。

 自分たちとは価値観を異にする東洋の黄色い猿どもが、まともな人間であれば考えつかないような何かをやらかしてくるのではないか、そんな気がしてならなかった。

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