レイテ沖海戦

第79話 動き出す巨大艦隊

 マリアナ諸島をめぐる一連の攻防は日米双方に深い傷を与えたが、特に日本側のそれは極めて深刻なものだった。

 米第三艦隊に決戦を挑んだ第一機動艦隊は奮闘し、「ワシントン」や「ノースカロライナ」といった二隻の新型戦艦、そのうえ「コロラド」をはじめとした六隻の旧式戦艦を撃沈した。

 サイパンやテニアン、それにグアムに展開していた基地航空隊もまた同様に多数のF6Fヘルキャット戦闘機やB24重爆を撃墜している。


 だが、大戦果の一方で被害も甚大だった。

 第一機動艦隊のほうは主力艦だけでも戦艦が六隻に大型空母が一隻、それに小型空母二隻が撃沈された。

 さらに基地航空隊や母艦航空隊も航空機を多数損耗し、それとともに大勢の搭乗員もまた喪失している。

 そして、紙一重と言うには大げさでも、しかしほんのわずかの差で第一機動艦隊は米第三艦隊に及ばず、マリアナ戦域を後にすることになった。

 端的に言えば、決して負けられない戦いに敗れてしまったのだ。

 制空権と制海権を敵手に奪われたサイパンやテニアン、それにグアムといった孤島の運命はこの時点で決まったも同然だった。

 七月初旬にサイパンが、八月に入ってからはテニアンとグアムが相次いで陥落、米軍の手に落ちる。


 そのような中、それでもわずかだが日本にとって慰めとなるニュースもあった。

 日米双方の耳目がマリアナに集中している間にドイツ・イタリア連合艦隊が復旧しつつあったフリーマントルの連合国軍潜水艦基地の破壊に成功したのだ。

 二隻の鹵獲装甲空母、さらにドイツ空母「グラーフ・ツェッペリン」とイタリア空母「アキラ」の艦上機による奇襲でもってフリーマントル基地近傍の航空戦力を撃破したドイツ・イタリア連合艦隊は同基地ならびに隣接するパースに対して艦砲射撃を実施した。

 ドイツ巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」、それにイタリア戦艦「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」から吐き出される二八センチ砲弾や三八センチ砲弾は復興しつつあったパースの街を再び煉獄へと突き落とす。

 ドイツとしてはこのことで豪州の戦争からの離脱を期待していたのだが、さすがにそこまでのインパクトは無く、豪政府や豪国民に少なくない動揺を惹起させたものの、しかしそれ以上の効果は無かった。

 それでも、フリーマントル基地の壊滅によって連合国潜水艦部隊はインド洋における攻撃拠点を再び失い、このことで同海域については従来と同じ安全性の維持に成功している。


 政治にも大きな動きがあった。

 マリアナ失陥の責任を取って東條内閣は総辞職、一方のルーズベルト大統領は多少苦戦はしたもののそれでも四選を果たした。

 軍事や政治で大きな変化があった太平洋とは違い、欧州では地味で陰湿な戦いが続いている。

 インド洋を失い、経済の片肺飛行を強いられている英国に対し、ドイツは二年に渡って海上封鎖戦を継続している。

 英国の物資の窮乏は深刻で、米国から送られてくるその多くは食糧や医療品、それに経済を動かすための化学製品や燃料といったもので、軍需物資の量はことのほか少ない。

 一方、英国打倒、もっと言えばチャーチルへの嫌がらせに固執するヒトラー総統の意向によってドイツ軍のソ連に対する攻勢は鳴りを潜め、東部戦線は奇妙な静けさを保っている。


 国内に目を向ければ、連合艦隊は戦艦「大和」や「武蔵」をはじめとした艦艇の修理をそれこそ不眠不休の二四時間態勢でこれを行い、大勢の熟練搭乗員を失った航空隊はヒナたちを一人前にすべく事故が多発するのを覚悟のうえで厳しい訓練を続けている。

 さらに、帝国海軍最後の希望と言ってもいい三隻の新鋭戦艦が相次いで竣工、マリアナ沖海戦で失われた戦艦の乗組員らをかき集め、一刻も早く戦力化すべく慣熟訓練という名の猛特訓が行われている。

 連合艦隊が戦力の回復と蓄積を図る一方で、海上護衛総隊は激化する連合国軍の通商破壊戦に対して多大なる犠牲を払いながらも物資を日本本土へと運ぶ商船団を守っている。

 そのような中で一九四四年は過ぎていく。


 そして一九四五年一月、大きく事態が動く。

 新たに四隻の高速戦艦や二隻の最新鋭大型巡洋艦、それに同じカテゴリーのそれとは一線を画す戦力を擁する新型重巡洋艦を戦列に加えるなど、マリアナ沖海戦で受けた痛手を回復した米第三艦隊がその大戦力をもって進撃を開始したのだ。

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