第78話 あ号作戦中止

 第三艦隊司令長官であり、空母部隊を直率するハルゼー提督が窮地に陥った友軍水上打撃部隊救援のために送り出せたのはSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機が一一機にTBFアベンジャー雷撃機が一八機、それに護衛のF6Fヘルキャット戦闘機が七二機の合わせて一〇一機で、九隻もの「エセックス」級空母を擁しているのにもかかわらず現状ではこれが精いっぱいだった。

 戦闘機だけはかなりの数が残っているが、さりとて空母部隊や上陸部隊の上空を丸裸にするわけにもいかない。

 それに、帰投時には間違いなく日が沈んでいる。

 このことから、護衛の戦闘機は夜戦仕様のF6Fかあるいは夜間着艦が可能なベテランが駆る機体で固めていた。

 そして、それらF6Fは第一艦隊上空にあった三〇機ほどの零戦から味方の急降下爆撃機や雷撃機を完全に守り切ることに成功する。


 一方、対艦攻撃能力を持つSB2CやTBFは日本の戦闘機や思いがけず強化されていた水上艦艇の対空砲火によってその大部分がすでに失われていたかあるいは再使用不可の判定を受けるほどのダメージを負っていた。

 開戦前には合わせて二七〇機あったはずのSB2CとTBFの稼働機は現在では二九機にまで撃ち減らされている。

 それゆえに、一一機のSB2Cと一八機のTBFは一隻の「大和」型戦艦に的を絞ってその矛先を向ける。

 狙ったのは先頭艦。

 彼らは知らなかったが第一艦隊旗艦である「大和」だった。


 「大和」はもちろん、周囲の艦艇もまた「大和」を守るべく対空砲火を撃ち上げる。

 だが、どの艦も先程までの水上戦闘で対空火器の多くが損傷していたから、多数の雷装SB2Cを討ち取ったときのような濃密な対空火網は望めなかった。

 真っ先にそのSB2Cが「大和」に対して急降下爆撃を仕掛ける。

 大勢の仲間の命を奪った相手に対し、SB2Cの搭乗員たちは敵愾心もあらわに肉薄、途中で撃墜された二機を除く九機が「大和」に投弾し、そのうちの二発が命中、それらは高角砲や機銃にさらなる損害を与えた。


 左右に九機ずつに分かれて低空から「大和」に接近したTBFもまた仕事を成し遂げた。

 左舷からくる魚雷の回避を優先した「大和」に対し、右舷から迫った九機のTBFは途中で一機を撃墜されたものの八機が投雷に成功、二本の魚雷を命中させる。

 この攻撃によって「大和」は右舷に少なくない浸水をきたし、出し得る速力も二二ノットにまで落ち込んだ。


 損害はそれだけにとどまらない。

 当該海域を哨戒中だった潜水艦「タニー」が好機到来とばかりに第一艦隊に急迫、同艦隊の将兵らがSB2CやTBFに気を取られているなか「武蔵」に対して魚雷攻撃を敢行した。

 「タニー」が発射した六本の魚雷のうち、命中したのはわずかに一本だけだったが、しかしこのことで「武蔵」は艦首に大破口を生じ、多量の浸水をきたしたことによって航行に著しい支障をきたすことになった。


 これらの損害によって沢本長官はサイパン島へ上陸した米軍への攻撃を断念する。

 第一艦隊はすでに「比叡」と「霧島」を失い、生き残った戦艦もそのいずれもが大きく傷ついている。

 第二艦隊のほうはさらに深刻で、「伊勢」と「日向」、それに「山城」と「扶桑」がすでに沈没したかあるいは復旧の見込みが立たず総員退艦命令が出されている。

 生き残った「長門」と「陸奥」もまた多数の四〇センチ砲弾や三六センチ砲弾を食らっており、中破どころか大破と判定されてもおかしくないような損害だという。


 一方、第三艦隊と第四艦隊は米機動部隊との洋上航空戦に敗れ、多数の艦上機を失った。

 さらにSB2Cの急降下爆撃によって両艦隊にあった一二隻の空母のうちの九隻までを撃破された。

 そのうちで、特にダメージの大きかった「瑞穂」は必死の消火活動もむなしく海面下に没している。


 不幸はそれだけでは収まらなかった。

 あろうことかマーシャル沖海戦以来の歴戦空母であり「加賀」と並んで海軍航空を象徴する「赤城」が敵潜水艦の攻撃によって撃沈されてしまう。

 ほぼ同時に「龍鳳」もまた敵潜水艦によってとどめを刺されていた。

 第一艦隊と第二艦隊、それに第三艦隊と第四艦隊は文字通り満身創痍だった。

 このような有り様では第一機動艦隊が米艦隊の阻止線を突破してサイパンの上陸部隊を攻撃できるとは沢本長官にはとても思えなかった。

 それは連合艦隊司令部も同じ判断だったようで、ほどなくあ号作戦中止命令が出されることになる。

 乾坤一擲の作戦が失敗したことでサイパン島をはじめとしたマリアナ諸島が米軍の手に落ちるのは確実、もはや時間の問題となった。

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