第75話 一二隻の旧式戦艦

 八門の四一センチ砲を装備する「長門」と「陸奥」は帝国海軍が保有する旧式戦艦の中でも最強の存在であり、また長期間にわたって交代で連合艦隊の旗艦を務めたことから国民の間で最も認知度の高い、そして最も人気の高い戦艦だった。

 いろはカルタ「『陸奥』と『長門』は日本の誇り』」はあまりにも有名だ。

 その「長門」と「陸奥」は度重なる改装によって防御力は大幅に強化され、機関も主機と主缶がともに全面換装された。

 このことによって四万トン近い巨艦となったのにもかかわらず、しかし二九ノットの高速発揮が可能となっている。

 戦争が始まって以降も火器管制装置のうちで出来の悪かった光学兵器はすでにドイツ製のものに置き換えられ、さらに射撃照準レーダーまでこれを装備するようになっている。


 これら二隻のうち、姉の「長門」は観測機が使えない状況なのにもかかわらず、「コロラド」に対して明らかに優勢だった。

 互いに命中させた主砲弾の数は互角かあるいは「コロラド」のほうが若干上回っていた。

 しかし、最初から四一センチ砲搭載戦艦として建造された「長門」と、三六センチ砲搭載戦艦として産声をあげるはずが建造途中で無理やり四〇センチ砲搭載戦艦にでっち上げられた「コロラド」とではその基礎体力が違い過ぎた。

 そのうえ、「長門」は帝国海軍の鉄砲屋のやりたい放題によって予算が許す限りの近代化対策を盛り込んでいる。

 攻撃力ならびに防御力は「大和」型に次ぎ、機動力は「金剛」型に次ぐ、ある意味において帝国海軍で最もバランスのとれた戦艦といってよかった。

 乗組員もまた南方作戦やインド洋作戦で十分に実戦経験を積んでいるし、特にインド洋海戦では「陸奥」とともに英重巡を一方的に撃滅する殊勲を挙げている。

 相手が新型戦艦ならばともかく、同世代の旧式戦艦が相手であれば負けるほうがどうかしている。

 実際、「コロラド」が被弾個所から猛煙を噴き上げているのに対し、「長門」は数カ所から細い煙が立ち上っているだけで、その継戦能力はいささかも衰えていない。


 「長門」の妹の「陸奥」もまた、「ニューメキシコ」を相手に確実にリードを広げていた。

 命中弾こそ門数に勝る「ニューメキシコ」のほうが多かったが、一方で同艦が放つ三六センチ砲弾は「陸奥」の重要区画を撃ち抜くには至っていない。

 逆に「陸奥」の四一センチ砲弾は命中すれば装甲の有無にかかわらず「ニューメキシコ」の艦内に飛び込み、彼女に甚大な損害を与えている。

 七〇〇キロに満たない三六センチ砲弾と一〇〇〇キロを超える四一センチ砲弾ではその貫徹力と破壊力があまりにも違い過ぎた。


 「伊勢」と「ミシシッピー」、それに「日向」と「アイダホ」のともに一二門の三六センチ砲を搭載する戦艦同士の戦いは現在のところ高橋長官が戦前に危惧した通りの展開になっている。

 「ミシシッピー」ならびに「アイダホ」の五〇口径の長砲身から繰り出される高初速の三六センチ砲弾は「伊勢」や「日向」の装甲を貫通する一方で、ビッグファイブに次ぐ防御力を持つ「ミシシッピー」と「アイダホ」の装甲は「伊勢」や「日向」が放つ三六センチ砲弾の打撃にかろうじてではあったが耐え抜いていた。

 攻撃力と防御力の性能差がダメージの差となって確実に積み上がっていく。

 時を追うごとに「伊勢」と「日向」は徐々にその戦力を低下させていった。


 戦艦列後方の日米四隻の戦艦による戦いは壮絶な殴り合いの様相を呈している。

 「山城」と「扶桑」、それに「テキサス」と「ニューヨーク」はともに三六センチ砲を装備するが、「山城」と「扶桑」がそれぞれ一二門なのに対し、「テキサス」と「ニューヨーク」は一〇門とわずかに少ない。

 単純な砲門の数では「山城」と「扶桑」に分があるが、しかし一方でダメコンを含む防御力では「テキサス」と「ニューヨーク」に一日の長があった。

 最初のうちは「山城」と「扶桑」がわずかではあるが確実に押していた。

 だが、優れたダメコンによって「テキサス」と「ニューヨーク」が戦力の低下を最小限に抑え込んでいたのに対し、艦の設計思想が古くそのうえ米国ほどには被害応急について徹底した対策を施していない「山城」と「扶桑」は明らかに戦力の低下度合いが「テキサス」や「ニューヨーク」に比べて大きい。

 六分四分で「山城」と「扶桑」が優勢だった状況はやがて五分五分となり、そして今ではそれが逆転されようとしている。

 この後どうなるのかは乗組員の奮闘と、あとは戦場でもっとも大切とされる、だが人間の手ではどうにもならない運によって決まるはずだった。

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