第74話 皮算用

 相手に的を絞らせないよう、頻繁に変針を織り交ぜつつ米戦艦群に接近を試みる。

 優秀な射撃管制システムを持つ米戦艦といえども、さすがに未来位置が頻繁に変わってしまってはそう簡単には命中は望めない。

 その代償として、こちらもまた米戦艦にただの一発も命中弾を与えることが出来ていないが、それは最初から織り込み済みだ。

 ようやくのことで想定砲戦距離まであと一歩のところに到達、それと同時に第二艦隊司令長官の高橋中将は再度命令を繰り返す。

 その目的は命令の再確認よりも士気の高揚だ。


 「各艦の目標に変更は無い。『長門』敵戦艦一番艦、『陸奥』二番艦、『伊勢』三番艦、『日向』四番艦、『山城』五番艦、『扶桑』は六番艦を狙え。

 敵戦艦部隊を撃滅した後、第二艦隊はただちにサイパンに向かい敵上陸軍に対して艦砲射撃を実施する。サイパンで戦う友軍の、島に残った民間人を救えるのは第一艦隊を除けばあとは我々だけだ。

 制空権が敵手にあることで間違いなく厳しい戦いになるが、それでも諸君らであればこの困難な状況を打開し、必ず米艦隊に勝利すると信じている。皇国を守るために、無辜の人々を米軍の魔手から守るために各員本分を尽くせ!」


 これまでも「長門」と「陸奥」が四一センチ砲を、「伊勢」と「日向」、それに「山城」と「扶桑」が三六センチ砲を米戦艦に向けて撃ちこんでいたが、しかしそれらはラッキーパンチがあればもうけものといった程度で、牽制以上の意味はなかった。

 例えどんなに優秀な射撃照準装置を持っていたとしても、自らが頻繁に変針を繰り返していては当たるものも当たらない。

 だがしかし、これからはその変針を止め、腰を据えて米戦艦と殴り合う。

 戦艦の数は同じだが、こちらは観測機が使えない。

 しかし、ここまで近づけばその不利はかなりの程度解消されるはずだ。

 それに、こちらはドイツの技術援助によって光学兵器や電測兵器の性能と信頼性が劇的に向上している。

 将兵もまた開戦劈頭の南方作戦から実戦を積み重ね、当時新兵だった者も今では立派なベテランだ。

 技術、技量ともに問題は無い。


 最初は艦種識別が困難だった六隻の敵戦艦も、それらに近づくにつれてその正体と並び順が分かる。

 敵は先頭に「コロラド」級唯一の生き残りの「コロラド」、その後方に三隻の「ニューメキシコ」級、そして殿は二隻の「ニューヨーク」級だ。

 「コロラド」は四〇センチ砲を搭載し、「長門」や「陸奥」と並んで世界のビッグセブンと呼ばれていた存在だが、しかしその実態は三六センチ砲搭載戦艦の船体に無理やり四〇センチ砲を載せただけの代物だ。

 最初から四一センチ砲搭載戦艦として建造された「長門」や「陸奥」とははっきり言って戦艦としての格が違う。


 「ニューメキシコ」級のほうはこちらの「伊勢」型や「扶桑」型と同様に三六センチ砲を一二門装備するが、その砲身は長砲身のそれであり、攻撃力は「伊勢」型や「扶桑」型の一枚上手を行くと考えられている。

 また、防御力も六基の主砲塔を艦の中心線上に装備したことで装甲を思い切って厚くできなかった「伊勢」型や「扶桑」型よりも明らかに優秀なはずだ。


 「ニューヨーク」級戦艦は三六センチ砲を一〇門装備し、その攻撃力は「扶桑」型には及ばないが、しかし一方で防御力のほうは「ニューヨーク」級のほうが少しばかり勝っているものと思われた。


 「『長門』と『陸奥』、それに『山城』と『扶桑』は有利、『伊勢』と『日向』はやや不利といったところか」


 敵戦艦の並びを見て高橋長官は胸中でそう独り言ちる。

 まずは日本の誇りと称された「長門」と「陸奥」がさっさと対応艦をやっつけ「伊勢」と「日向」に加勢する。

 その頃には「山城」と「扶桑」もまた敵に撃ち勝っているはずだ。

 そう考え、高橋長官は敵を見据える。


 航空優勢を敵手にとられるなど、状況は決して良くはない。

 しかし、第二艦隊の将兵らはその不利を覆してくれる。

 自身にそう言い聞かせつつ、これから始まるノーガードの殴り合いに備え、高橋長官はその足に力を込めた。

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