第73話 もう一つの戦い
日米の戦艦が壮絶な殴り合いを演じている一方で、だがしかし補助艦艇同士の戦いは冴えないものであった。
第一艦隊の巡洋艦や駆逐艦、それに第三・一任務群の巡洋艦や駆逐艦もともに上から受けている命令は相手の巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇の攻撃から友軍の戦艦を守ること。
つまりは戦艦同士の戦いを敵の補助艦艇に邪魔させないことだとも言える。
それと、第一艦隊のほうは嶋田海軍大臣から極力艦の保全に努めるようにと釘を刺されていたからどうしても踏み込みが浅くなりがちで、それゆえに思い切った戦いを演じることが出来なかった。
「クリーブランド」級や「アトランタ」級といった新鋭巡洋艦を次々に送り出してくる米国に対し、帝国海軍はマル二計画で建造された重巡「利根」「筑摩」以降戦闘に耐えうる巡洋艦を建造していない。
駆逐艦はそれなりの数を建造していたものの、しかしそれでも米国が絶賛量産中の「フレッチャー」級と比べたら微々たるものだ。
それもこれもマル三計画やマル四計画で「大和」型戦艦の建造を優先した結果なのだが、それはそれとして帝国海軍上層部としては巡洋艦や駆逐艦といえども不用意に失うような戦いは極力避けるよう指示せざるを得なかった。
補助艦艇の戦力については第一艦隊が重巡六隻に駆逐艦が一六隻で、一方の第三・一任務群のほうは軽巡が四隻に駆逐艦が一六隻だから明らかに第一艦隊側が優勢だ。
このような状況であれば、積極的に打って出て少しでも敵の戦力を削り取っておきたい。
しかし、嶋田大臣が第一艦隊の将兵らに与えた呪縛のような指示は強烈な足枷となって戦果を挙げる機会を逸することになってしまう。
それゆえに、四二隻もの巡洋艦や駆逐艦が干戈を交えていながら、しかし日米双方ともに大きな損害を被った艦は一隻もなく、つまりは沈没艦がゼロという珍しい戦いとなった。
第一艦隊と第三・一任務群が戦闘を開始してから少し後、第二艦隊と第三・二任務群もまた戦闘状態に突入した。
第二艦隊のほうは戦艦が六隻に重巡が八隻であとは駆逐艦が一六隻、第三・二任務群のほうは戦艦六隻に軽巡四隻、それに駆逐艦が一六隻で主力艦は互角、補助艦艇は第二艦隊側が明らかにリードしていた。
真っ先に干戈を交えたのは巡洋艦や駆逐艦といった高速艦艇だが、こちらも第一艦隊や第三・一任務群と同様に事前に与えられた命令が掣肘となって両軍ともに消極的な戦いに終始した。
一方、戦艦のほうは真正面からのガチンコの殴り合いとなる。
航空優勢を確保している米戦艦は長距離砲撃戦を志向したが、逆に日本の戦艦はその不利を覆すために接近戦を望んだ。
第二艦隊には機関換装によって二九ノットの韋駄天を誇る「長門」と「陸奥」があったが、さすがに二隻だけで突出するわけにもいかない。
二五ノット前後の速力を発揮する「伊勢」と「日向」、それに「山城」と「扶桑」とともにじりじりと米戦艦群に詰め寄っていく。
先に砲撃を開始したのは観測機が使える第三・二任務群のほうだった。
「コロラド」が「長門」、「ニューメキシコ」が「陸奥」、「ミシシッピー」が「伊勢」、「アイダホ」が「日向」、「テキサス」が「山城」、そして「ニューヨーク」が「扶桑」に対して四〇センチ砲弾や三六センチ砲弾を撃ちかける。
これを見た第二艦隊司令長官の高橋中将もすぐさま反撃を命じた。
一方的に殴られるのは精神衛生上たいへんよろしくないし、下手をすれば士気にかかわる。
ただでさえ制空権を敵に握られての不利な戦いを強いられているのだ。
それに皇国の興廃この一戦にありと呼号されるほどの戦いなのだから、砲弾くらいは出し惜しみなく存分に使わせなければ将兵らのフラストレーションはたまる一方だろう。
そう考える高橋長官だったが、それでも現実的な思考も忘れていない。
やはり中間距離での戦いもまた日本側に一方的に不利だ。
「長門」や「陸奥」はともかく、「伊勢」や「日向」、それに「山城」や「扶桑」は明らかに防御面で米戦艦に後れを取る。
遠距離であれば観測機が使える米側が有利、中間距離であれば防御に不安のあるこちらが不利。
ならば近距離砲戦以外に取るべき手段は無い。
だからこそ相手の内懐に飛び込み、死中に活を求める。
「米戦艦に取り付くまでは当たらんでくれよ」
胸中でそう祈りつつ、高橋長官は少しずつではあるが、しかし確実に大きくなってくる米戦艦の艦影を見据えた。
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