第71話 立て直し

 軍艦は通常の類別とは別に大きく二つに分けることが出来る。

 幸運艦と不運艦だ。

 第二次世界大戦において、合衆国海軍の艦艇で最も不運だった艦を挙げろと言われれば、戦史マニアあるいは艦オタの多くはその名を口にする。

 戦艦「ノースカロライナ」。

 軍縮条約明け後に建造された合衆国海軍の新型戦艦の中で唯一潜水艦から魚雷攻撃を受け、そしても最も早く四六センチ砲弾の洗礼にさらされた彼女。

 歴史にIFが許さるのであれば、「ノースカロライナ」が初めて食らった主砲弾が七〇〇キロに満たない三六センチ砲弾かあるいは一トンの四一センチ砲弾であれば、彼女の運命はそれほど過酷なものにはならなかったかもしれない。






 昼戦としてはかなりの近距離から放たれた四六センチ砲弾のラッキーパンチ、逆に味方にとっては不運極まりない一撃は、冷静沈着なリー提督に対して多大なる衝撃と動揺をもたらしていた。

 日本側の意表を突き、すべての戦艦で「金剛」型戦艦に集中攻撃を加えた。

 そのことで序盤から戦いを優勢に進め、四隻ある「金剛」型戦艦のうちの一隻に致命傷を負わせ、さらに別の一隻にも甚大なダメージを与えた。

 残る二隻に対してもすでに命中弾を得ている。


 一方的な戦いになるはずだったところへ、だがしかし「大和」型四番艦が最悪の仕事をしてくれた。

 「大和」型四番艦はいきなり全門斉射で回避運動真っ最中の「ノースカロライナ」に撃ちかけ、第一射から至近弾、第二射で夾叉に至り、そして第三射で命中弾を得たのだ。

 悪いことにその命中した一弾は「ノースカロライナ」の装甲を食い破った後に主砲弾火薬庫へと飛び込み、そこで炸裂したらしい。

 そして、それは戦艦にとって悪夢とも言うべき弾火薬庫の誘爆を惹起させる。

 内側からの膨大な爆発エネルギーに耐えられる戦艦などあろうはずもない。

 大爆発を起こした「ノースカロライナ」、その彼女は現在はその姿を煙の中に沈めている。

 もはや、「ノースカロライナ」が助からないことは誰の目にも明らかだった。


 「ノースカロライナ」が戦闘不能になると同時に「大和」型戦艦は目標をそれぞれ「マサチューセッツ」「アラバマ」「ワシントン」から「ニュージャージー」と「アイオワ」それに「サウスダコタ」と「インディアナ」に切り替えた。

 現実として「金剛」型戦艦にダメージを与えているのは前方に位置するこれら四隻だからだ。

 あるいは「マサチューセッツ」と「アラバマ」、それに「ワシントン」は回避運動ばかりしているので脅威度は低いと判断したのかもしれない。

 そうであるならば、リー提督としても現実に合わせて対処するだけだ。


 「目標の変更を指示する。『ニュージャージー』敵一番艦、『アイオワ』敵二番艦。

 『サウスダコタ』ならびに『インディアナ』敵三番艦。

 『マサチューセッツ』ならびに『アラバマ』敵四番艦。

 『ワシントン』は生き残った『金剛』型戦艦を始末しろ」


 長砲身四〇センチ砲を持つ「アイオワ」級はタイマンで勝負を挑み、戦力が劣る「サウスダコタ」級はダブルチームで「大和」型戦艦を相手どる。

 傷ついた「金剛」型戦艦の始末は防御力に難のある「ワシントン」に任せればいい。

 いくら新型戦艦最弱の「ワシントン」といえども三六センチ砲弾であればかなりの抗堪性を発揮するはずだ。

 そのような考えを抱くリー提督の命令のもと、「ワシントン」を除く六隻の新型戦艦が「大和」型戦艦との決着をつけるべく隊列を整えはじめる。


 「隊列が整い次第すぐに砲撃を開始しろ。『大和』型戦艦といえども艦全体が分厚い装甲で覆われているわけではない。多数の四〇センチ砲弾を浴びればその戦力を維持することは不可能だ」


 そう言い置いてリー提督は胸中でこれまでの作戦が正しかったのかどうか反芻する。

 さっさと「金剛」型戦艦を片付けて、傷の浅い状態で「大和」型戦艦に対してダブルチームで戦いを臨む。

 「金剛」型戦艦の突撃に対応するにはそれが最善と考え、接近戦による短期決戦に臨んだはずだった。

 最初のうちはこちらの思惑通りに展開し、「金剛」型一番艦と二番艦に大打撃を与えることに成功した。

 だが、その後の詰めが甘かった。

 というよりも、あまりにも運が無さ過ぎる。

 「大和」型四番艦が放った四六センチ砲弾によって「ノースカロライナ」があっけなく致命傷を被り、こちらに傾いていた彼我の戦力バランスが大きく崩れてしまった。

 そして現在、自分たちは制空権を有する利点を捨てて「大和」型戦艦と近距離戦闘に臨もうとしている。

 状況は正直言って芳しくない。


 そう考えるリー提督に友軍戦艦が砲撃を開始したとの報が届けられる。

 五四門の四〇センチ砲と三六門の四六センチ砲の戦い。

 近距離ゆえに火器管制システムの性能差ならびに制空権の獲得といったアドバンテージはかなりの程度毀損される。

 ただし、発射速度は明らかにこちらが優越しているから、単純な門数の差以上に手数の差は大きいだろう。

 そして、それを生かすには先に命中弾を得て機先を制すことだ。


 防御力に関してはなんとも言えない。

 装甲の厚みなど、直接防御に関しては艦型が大きい分だけ「大和」型戦艦のほうがおそらくは上なのだろう。

 しかし、応急指揮装置をはじめとした間接防御は間違いなくこちらが勝っているはずだ。

 そうなれば、あとは数と運の問題だけとなる。

 数はこちらが勝っている。

 だが、戦場の女神は今日に限って言えば忌々しいことに日本にその顔を向けているようだ。


 そのようなことを考えているリー提督に、しかしまたも凶報がもたらされる。

 「金剛」型戦艦を始末するはずだった「ワシントン」が大破炎上中だというのだ。

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